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#3 背徳のあさ酒

 この時期になると、とある朝のことをよく思い出す。私がまだ、23、4歳だったころのことである。

 ほぼ徹夜明けのあとに、急に思い立って家の近くの公園まで歩くことにしたのだ。そして、その公園の中で一番背の高いジャングルジムの上を陣取ったのである。

 そう、あの朝である。夜明け前の冷たい空気の中で、新しい朝を待ち望んでいた、今よりも若いわたし。

 東の端から、オレンジ色が顔を覗かせて、今か今かと手を伸ばしたくなったあの朝。

 吐く息は白く、頭の先からつま先まで、みずみずしさに包まれたように感じたことを今でも思い出す。

 この本の「あたらしい朝に乾杯!」という一言に吸い寄せられて読み始めた時、なぜだか、そんな当時の記憶が蘇った。

 もし、あの日の朝、私が缶ビール片手にジャングルジムの上で朝日を待ちわびていたのなら、この本から受け取る心情は、より一層深いものとなったかもしれない。

 しかし現実は否である。

 あの時、私は泣いていたから。

 一人で泣いていた。記憶が改変されていなければ。

 なぜかはもう思い出せない。

 記憶力はいい方だと思うが、そこだけすっぽり包まれて、見えないのである。

 1日の始まりに泣くあの日に、帰りたいとは決して思わない。しかしながら、あの日の朝に私は、もう一度乾杯したいと思う。

 あさ酒。トライしたことはない。おそらく今後もないと思う。

 でも心の中でその経験がこの本でできるような気がする。

 背徳のあさ酒は、青臭くて、若くて、壊れやすい心の私の思い出をよりやさしく包んでくれるのではないだろうか。

 読み終わったら、どんな気持ちになるだろう。そう思って今日もページをめくる。






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