ラウールが体現するヨウジヤマモトの過去、現在、未来:Yohji Yamamoto POUR HOMME Spring-Summer 2023 レビュー(1)
2022年6月23日に行われた「Yohji Yamamoto POUR HOMME Spring-Summer 2023」の初回を観て参りました。やはり取り上げるべきはSnow Man のラウールをパリ・コレクションでモデル初デビューさせるという、デザイナー山本耀司さん(以下、ヨウジと記載)のすばらしいキャスティングとその成果でしょう。ラウールに焦点を当てるのには、必然性があります。いまから33年前、あの大沢たかおが俳優としてデビューする以前に、いち早くその才能を見極めパリコレのランウェイショーにキャスティングしたのもヨウジです。なぜ今回のヨウジのショーのレビューでラウールの話を中心に書くかと言えばそれは、もっとも今回のショーの、そしてヨウジが表現したいと考えている男性像をテーマを、ラウールのランウェイでのパフォーマンスこそが体現していたように思えたからです。
まずヨウジヤマモトの服というものがどういう服かをかんたんに説明しておく必要がありますよね。ヨウジの服というのは、洋服における文字通りの「革命」でしたし、いまでもその「革命」は続いています。上のラウールのスタイリングから説明しましょう。ヨウジ以前の洋服は、基本的に線対称で、生地もカラフルなものでした。そしてメンズではジャケットとパンツという、セットアップのスーツスタイルが当たり前でした。くわえて何よりもドレスアップするもの、それがハイファッションの服でした。それら当時の洋服のルールをすべて破壊したのがヨウジヤマモトの服です。
ヨウジはすでに1981年にはパリで小規模なショーを行っていましたが、1982年のパリコレクションで、黒を基調とし、随所に穴をあけた、ゆったりとした身体を覆いかくすシルエットの服をさらに発表します。この同時期に川久保玲のコム・デ・ギャルソンもパリコレに参加しました。ファッションの歴史ではこの1982年のパリコレを、「黒の衝撃」と表現します。現代ファッションは大きく別けて「黒の衝撃」以前・以後と区分します(このあたりは次回の(2)で扱います)。
さて、ラウールがまとっているヨウジの服から過去の洋服の基準との違いを確認してみましょう。
・非対称(アシンメトリー)←ヨウジ以前は線対称(シンメトリー)
・生地は基本黒←ヨウジ以前は生地にカラーを多様
・メンズのスカートスタイル←ヨウジ以前はメンズはパンツが基本
・ドレスダウンして身を窶(やつ)し、悪い男になる服←ヨウジ以前はとにかくドレスアップして好感度を上げいい男になる服
こうしてみるとラウールはごくふつうに、まったく違和感なく自然にヨウジのスカートスタイルを着こなしていますね。このように過去の洋服をめぐる規範と対比して見ると西欧中心主義的なモードの反逆児としてのヨウジの「革命」が、そしてラウールの着こなし方もいかに凄いことなのかが伝わってくることでしょう。かくしてファッションの歴史を変えたヨウジのランウェイショーに臨むに際して今回ラウールが、ヨウジの本をリサーチし考え抜いて選んだ演出は、なんと"悪い男"だったのです。音楽ナタリーに掲載された本人のコメントで、ラウールは以下のように述べています。
では実際にどういう演出だったのでしょうか。幸いにして筆者はランウェイのフロントロウ、つまり一番前にいてそのシーンを撮影していたので、検証してみましょう。
以下撮影した画像の通り、ラウールはなんとランウェイの真ん中あたりで対岸のフロントロウの上個客に絡みかからんばかりの挑発をします。一瞬で会場全体の空気が変わったその瞬間、ラウールはヨウジの「観客をドキっとさせてほしい。そしてドキっとさせた瞬間にやめてほしい」と要望の通り、絶妙なタイミングでランウェイの中心線へと戻るという、一触即発の演出をしているのです。以下の画像からも、最前列、フロントロウの個客たちからスタンディングをしている後ろの個客まで、驚いてラウールを凝視している様子がお分かりになることでしょう。これはかなり勇気のいる演出です。18歳のラウールが「人生で一番緊張した」というのは、あながちウソではないでしょう。本当にすばらしい迫真の演技力でした。
ヨウジヤマモト社が公開している映像は2回目の19:30の回なので、すこし慣れた感じになっていますが、1回目の18:00の回は、ヨウジとラウール、そして他のランウェイのモデル以外は誰も会場内でこの演出を知らず、場の緊迫感がすさまじかったです。フロントロウの最前列にいる個客には芸能人らも多く、またランウェイのモデルには伊藤英明、大沢たかお、遠藤憲一、要潤、加藤雅也、生田斗真、竜星涼、城田優(それぞれ敬称略)等の超有名俳優らも前にして、これだけの”悪い男”を即興で演じることができるのですから、きっと俳優としてもトップクラスのすばらしいアクターとなることでしょう。その舞台をヨウジが用意したのですからすごいものです。
そしてこの”悪い男”というのは、説明が必要な表現です。つまり雑誌『レオン』系のチャラいギラギラした「ちょいワル」などとも違う、かといってけっして筋肉に頼ったむき出しの暴力でも、型にはまった家父長制的な男性像でもなく、はかなくも危険な雰囲気をまとった正統派の不良さこそが、ヨウジのオム(メンズのこと)の服が追及する男らしさです。これについてヨウジ本人は『服を作る』のなかで、以下のように述べています。
ヨウジの服の男性観というのは、ヨウジ本人の表現を借りれば「アウトロー」、あるいは、いまの表現では「ヴィラン」という表現も適切かも知れません。この"悪い男"は、繰り返しますがマッチョな男性性、つまり「悪しき男らしさ」とはまったく異なるものです。
マッチョという意味でけっして力強いわけではない、そういう既存の「男らしさ」とは別の、はかなくも危うさや脆さを秘めた男性像をヨウジのメンズ服はずっと追求し、これまで既存の男性性から解放されたいと願う男性も救ってきました。かくいう筆者もヨウジの服に救われたひとりです。筆者が初めてヨウジの服を買ったのは中2の頃ですが、はじめてヨウジのオーバーサイズのモスグリーンのカットソーとブラックのロングジャケットに袖を通したとき、当時周囲にいた厨二たちが競い合っていたマッチョな男らしさから「降りる」ことができたと、ほっとしたものです。そんなことを、ラウールが体現するYohji Yamamoto POUR HOMME Spring-Summer 2023を最前列で見て、思い出していました。
さて、今回はヨウジの作る男性服(と括られるところのジェンダーレスな服)について、ヨウジのオーダーに応じて昇華させたラウールの迫真の演技である"悪い男"を中心に、ラウールのランウェイの2体目画像から考察を加えてきました。
では、そもそもヨウジのメンズ服、そしてヨウジのジェンダーレスで脱西欧的な服の成り立ちがどういうものだったのか、次回はラウールのランウェイでの1体目とともに検討してみたいと思います。ご期待下さいませ。
なお筆者は来年NHKよりヨウジヤマモト論を刊行予定なこともあり、フロントロウ、つまり最前列のBa1席で今回のショーを拝見することができました。ヨウジヤマモト社の皆様ならびにNHKの酒井章行ディレクターにこの場をお借りして感謝と御礼を申し上げます。
〔次回は「ラウールが体現するヨウジヤマモトの過去、現在、未来:Yohji Yamamoto POUR HOMME Spring-Summer 2023 レビュー(2)」へ続きます〕