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だれかの声に耳を傾ける美しさ、映画「コーダあいのうた」
コーダ あいのうた(2021年製作)
平日朝の上映で観てきました。ほぼ貸し切りに近い。
平日休みの私にとっては満ち足りた時間なのだけれど、こんないい映画なのにもったいなくてざんねんな気分。コロナの影響なのだろうけど。
大好きにならずにはいられない一家
一見、「ろう者の家族の物語」に見えるかもしれないが、これは直球の青春映画だと思う。途中から最後まで、この一家の成長や優しさにじわじわと涙まみれ。
誰かに伝えたいとか、分かりあえなくてつらい、という悩みはおそらくろう者だからというわけではなく、誰にでもどこの家族もある普遍的な問題だと思う。
きっと誰もが共感できる思いなのでは?
エミリア・ジョーンズの手話と歌、そして聴く姿
まず素晴らしいのは、主人公の家族を構成する「ろう者」の役柄を実際のろう者である俳優たちが演じていること。
実は私、コロナ禍に入ってすぐ、手話通訳者の友人たちと一緒にあるオンライン企画を立ち上げ、手話を取り入れていました。
プライベートでもオンライン手話部のメンバーでもあり。
しかし簡単な自己紹介レベルの手話でもとても難しいのです。ぎこちない、すぐ忘れる、まったく通じるレベルではありません。(恥ずかしくて手話を習っているとは言えたもんじゃないです)
で、びっくりしたのが、19歳(撮影時17歳?)のエミリア・ジョーンズ演じるルビーの手話。
映画の中でパンチの効いたメリハリある手話を披露しています。初心者でここまでできるようになるって本当にすごいことです。技術はもちろんですが、心を開放することが。
手話を覚えるとき、「この言葉をこの手の形に置き換える」的な、言葉の翻訳の意識になって頭で理解しようとすると、手や表情が動かなくなって固まってしまいがち。
この劇中の手話は、生き生きとして凄いパワーだ。言葉の翻訳とは全く違う、言葉とは違う独特の表現になっています。
ルビー(エミリア・ジョーンズ)が凄いところは、手話だけでなく歌、普通の会話、さまざまな表現をこなしているところ。
そして、手話表現などの気持ちの表出ばかりに注目してしまいますが、実は「黙って聴くこと」「相手の表現をじっと見る」ときの魅力的な表情と集中力。だれかの声(手話)を理解しようと耳を傾けるって、こんなに美しいのか。
彼女が歌う「Both sides now」のカバーが素敵すぎて、サントラを聞きまくっていますが、本当は耳で聞くより、劇中の「Both sides now」が断然素晴らしいのである。
「DASL」って?
この映画で初めて知ったことがいくつもあります。
タイトルの「CODA(コーダ)」は、音楽用語でもありますが「Children of Deaf Adults(ろう者の両親に育てられた⼦ども)」のことも指す言葉。
作品内で使われる手話「ASL(アメリカン・サイン・ランゲージ)」は、単なるアメリカ英語の置き換えでなく、創造性を持った言語である。
「DASL(ディレクター・オブ・アーティスティック・サイン・ランゲージ)」と呼ばれる、手話について全面的にサポートをする専門的な役割を持つ人を制作に導入している。
「DASL」は手話ができるだけでなく、演技に理解があり、ろう文化、歴史の知識を持って、作品の時代、地域、出演者の性別などに応じて、適切な手話を監督や俳優などに伝えるための指導や翻訳をする存在。
『コーダ あいのうた』で「DASL」を務めたのは、自身もろう者であり、俳優、ダンサー、監督などとして映画業界にキャリアを持っている、アレクサンドリア・ウェイルズ。
映画を見たらわかります。この方の仕事のすばらしさが。
こんな専門的な仕事をする人がいるんですね。世界は広い。