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20_夏夕 -松原温泉(浜脇)-
日の出温泉から10号線を引き返し、永石通りへ入っていく。
少し進むと、左側に白い建物が見えてくる。ここは数ヶ月前、永石温泉に行くときの道中で見つけたのが最初だった。自販機の前にすでに自転車が停まっていたため、同じように自転車を停めた。洗面具を片手に入口の方へむかっていくと、ちょうど二人のおばさまたちが出てきたところだった。挨拶すると、片方のおばさまが番台さんだったようで、直接お金をお渡しする。すると、エプロンのポケットから一枚の紙切れを出して渡してくれた。入浴券だった。どうやら、決まった枚数を集めると、一回分の入浴が無料になるらしい。スーパー銭湯などにいくと、購入した入浴券を番台さんに渡すことが多い。それが逆というのだから、共同温泉独自のルールがあるのは興味深い。
松原温泉。炭酸水素塩泉。ジモ泉。独泉。
浴槽と浴室は一体型になっていて、先ほど行った日の出温泉と違うのは、半地下ではないことた。おかげで外の明かりが十分に入ってくるため、電気をつけなくても浴室はほどよく明るかった。
卵形の楕円形の浴槽は、中央部分で仕切られていた。その片方には、壁から伸びたパイプが届いていて、お湯がちょろちょろと流れている。あつ湯とぬる湯に分かれていると気づいた。
日の出温泉が熱めだったこともあり、迷わずぬる湯の近くに腰かける。お湯をかぶると、ちょうど良いお湯加減だった。近い場所でも湯屋が違うと、温度が全く異なることに驚いた。これなら、さっきよりもゆっくり浸かれる。サッと身体を洗い、浴槽へ。はぁ〜と息をこぼしていると、新しいお客さまが二人いらした。
互いに軽く挨拶をすると、二人は元の会話を膨らませる。仕事終わり、家に帰る前に汗を流しに来たんだそう。帰ったらとりあえずビールやなぁー。明日っち、何時からやったっけ?地元の言葉が浴室に響く。たちまち仕事の愚痴に話題が変わり、ごわごわと髪の毛や背中に泡をつける。今日のぐちは今日のうちに。一日の終わりに泡と一緒に洗い流す。
お先です、と挨拶をして湯屋を出た。
風呂上がり、あまりにも喉が渇いていたため、自販機で飲み物を買う。炭酸が喉を通るたびに気分がスカッとする。
自転車のカゴに洗面具を入れて動き出そうとしたとき、妙な胸騒ぎがした。原因はすぐにわかった。・・・・・腕時計がない。バッグの中を漁ってもどこにもなかった。あぁ、そうだ。日の出温泉に入ったときに外してそのままにしていたんだ。呑気な自分に笑いながら、自転車を走らせ、再び日の出温泉へ向かった。
今度は日の出温泉にも番台さんがいらしたので、さっき入ったときに腕時計を忘れたかもしれない。と伝えて、男湯の中をのぞかせてもらった。さっき使った棚の奥に手を伸ばすと、コツンと腕時計が指先に触れた。無事だった。これは父とお揃いの腕時計。失くすなんてあってはならない大切なものだ。番台のおじいさんに左腕を見せて、ありました〜と言うと、あぁ、良かったね。とうちわで風をあおぎながら笑ってくれた。
せっかく引き返してきたこともあって、駅前のスーパーに寄り道した。何を買おうかさまよっていると、シベリアを見つけた。
『風立ちぬ』で出てくるお菓子で、羊羹をカステラで挟んだものだ。数日前に風立ちぬを観たばかりだったから、食べてみたいと思っていたところだった。
夕食後のデザートに早速いただいた。
ふんわりとしたカステラと、しっとりとした練り羊羹は、互いに自分の甘さを強調せずに調和している。
少しだけお酒が飲みたくなって、ウイスキーをロックで飲む。