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(連載93)初めてのアルバム制作で再びデトロイトへ:ロサンゼルス在住アーティストの回顧録:2018-19 年


どうもです。
この回顧録も、だんだんと現在に近づいてきましたよー。
100回になったら、何かお祝いしたいな〜。
それより、あと7回もネタがあるのかな〜??って気もしてます。汗。


さて、今回も前回からの続きで、スパークスのオープニング・アクトを2回もやらせて頂いた、その後のお話になります。


おかげ様で、周辺の人々からの反応もいい。お世辞のうまいアメリカ人なので、騙されてはならぬ!と半分、心にブレーキをかけながらも、自分に優しい私の性分から、状況は、悪くない方向に流れているのでは?という実感がわいてきた。


それは以前、元ディーヴォのドラマーのアランが、私のバンドのドラマをやってもいいよ〜って言ってくれた時のように、

今回もスパークス本人様に、マジ誰も知らないような我々を選んで頂いたことが、大きな自信につながった。

で、次なるゴールはアルバム制作です。


とりあえず、もう

最初っから、自分で、作る!

と、決心しました。。

デモを作って、レーベルを探して、レコード会社へ頭を下げて、、、
なんて、、ってやってたら、人生いくつあっても足らんわい。

私は、 先がないんじゃ、先が〜〜!!

燃える時はいつも「仁義なき戦い」のセリフです。笑

ともかく、
さっさと作っておけば、後でなんとでもなる!!!

前のバンド、ジャンポール・ヤマモトの時に、アルバムを作る予定だったのに、皆のスケジュールのセッティングが難しく、加えて経済的なこともあり、お金を貯めてる間にズルズルとなってしまい、結局アランが病気で亡くなってしまい、、、、
ちゃんとした形に残してなかった事が、心残りになっていました。

それで、今度こそは、さっさと、借金してでもいいから、形にしとこうと決心しました。

アーティストは、形にしたもん勝ち!!!


でかっ!




それで、アルバムを作るために、アナログのレコード盤は絶対作りたかったので、最低でも片面20分は必要だ。
ということは、8曲はいる、、、、

でも、まだ、、 ない。汗

しかし、なんでも早め、早め、がいいだろうと、私は

すぐに、アルバム制作にとりかかた。

作りながら、レコーディングしていけばいいや。。。って。

まさに態度だけは売れっ子作家!!

外で、編集の人が、「センセイ、まだですか〜?」って人を待たせてるような状況を作り上げた。

私の場合、待ってるのも自分で、待たせているのも自分であったが。苦笑

そして、早速、自分ちのレコーディング・スタジオにこもった!

以前にもご紹介しましたが、これです。
オフィシャルな看板も、かけまてます。

クローゼットの中をスタジオにしていて、畳でいうと2畳くらいの狭さ

ここに、シスターズの相棒、さおりちゃんを呼んで、機材はサウンドデザイナーのベンジーに相談して、レコーディング用の高額なマイクを借りて、レコーディングを決行した。

ちなみに、全部ガレージバンドで作りました。

とりあえず、自分で考えて、自分なりにできるところは全て、形にしていった。

そして。

やはり、ここで、第三者、プロデューサーなる人がいると思ったのです。

で、浮かんだのが、デトロイトのカップル!

ADULT.

アダルト(ピリオド)だった!


埼玉のレジデンスでいっしょだった、音楽もアートもやっているふたり、アダムとニコラの夫婦。

出会いは埼玉の展覧会を一緒にやった事。

そして、其の縁で
彼らとのコラボで、あの!ミュートのアルバムに一曲入れてもらったお話はしました。

その時に、彼らのデトロイトの家にお邪魔して、2週間、いっしょに楽曲制作をさせてもらったので、だいたいのレコーディングのプロセスなども予想できた。

私がクローゼットで作ったトラックを、あらかじめ彼らに送っておいて、
前回のように、デトロイトに乗り込んで、彼らのスタジオでそれを聴きながら、アドバイズしてもらい、微調整していけばいいのでは?と、思って、早速、聞いてみたら、

即オッケー!で、スケジュール調整をして、この計画を、これまた即、実行!


デトロイトへ夫のトッシュと飛んだ。
彼はライターなので、どこでも仕事ができるので、こんな時、超便利!笑


で、早速、翌日から作業がはじまった。

彼らの自宅を改造したスタジオ。ウチより100倍立派!

自分が作ったものをスタジオで他人に聞かせて、アドバイズをもらうというような経験がなかったので、得るものも多かった。

自分は気が付かなかったが、アメリカ人のアダムには、「このベースの音は、野球のホームランの時に流れる音に聞こえるよ〜」と 言われて、苦笑
そんなオメデタい楽曲ではなかったので、EQをいじって音色を替えてもらったり、
ヴォーカルも私のところは、必要に応じて取り直した。

また、アダムはいろいろなビンテージのエフェクターを持っていて、なかなか興味深い!音についても、まったく無知で独学な私には、とても勉強になった。

レコーディング中に、ニコラが記念撮影をしてくれた。

室内でもサングラス派!クールに見せないといけない時もある。笑



また、滞在中に、彼らのライブがあったりしたので、それにゲストで出演させてもらったり。

この時、おや?と思ったのは、彼らは工事用の照明とドライアイスを自分らのステージに持ち込んでいた事。
ホームセンターに売ってるような、夜間照明のスポットライトをステージの横から照らして、始まる前から、ドライアイスのモヤモヤ。
怪しい雰囲気で、最初の曲の前奏がはじまって、登場するまでの緊張感も爆上げであった!!

へ〜と感心した。

こういうので、ぜんぜん雰囲気が変わりますね。工事用の照明やドライアイスだったら、車があれば、わりと手軽に準備できますしねー。ふむふむ。

もちろんライブが始まると、時間がとともに、ドライアイスは消えますが、アナログシンセが緊張感は継続! 自分の番がきたところ。

どこかの誰かが、ネットに上げてた写真。ミシンが左に!




そういうのが、終わって、前半のレコーディングは、順調に進み、
そして、いよいよ後半戦に突入!

ところが、、、


突如、私の体調がおかしくなったのです。
喉が痛くなり、いきなり熱がでて、ふらふらしてきた。

これはコロナ以前(2018年)なので、コロナではないです。(多分)
ただ体に何らかのバイキンがはいった? ただの風邪だったのかもしれませんが。。。

とにかく2日間、まったく起きれなくなり、ベッドで寝ている状態と化した。

アメリカは医療費が高いので、このくらいでは普通は医者にはいかないのですが、アダムが心配して、ご近所に医者がいるから、「ちょっと電話してみようかな〜?」って言い出して。

もう夜も7時すぎだったので、「この時間だったら、家にいるかも、、、」って、なり。。。。

おそらく、ドクター様は1日の仕事が終わって、家にもどり、ディナーが終わったくらいの時間に、アダムからの電話、だったのでありましょう。オッケーの返事をもらったみたいでした。


かくして、このデトロイトの赤ヒゲ先生が、アダムの家にやってきたので、ありました。

赤ひげ』(あかひげ)は、1965年昭和40年)4月3日に公開された日本映画である。東宝配給。監督は黒澤明。主な出演は三船敏郎加山雄三モノクロ東宝スコープ、185分。
原作は山本周五郎の『赤ひげ診療譚』(新潮社ほか)で、江戸時代後期の享保の改革徳川幕府が設立した小石川養生所を舞台に、そこに集まった貧しく病む者とそこで懸命に治療する医者との交流を描く。

ウィキペディア


私の前に現れたのは、もちろん三船敏郎ではありませんでしたyo〜。
デトロイト市内は人口の80%はブラックなので
当然、この方も、ブラックで、
中年の男性であったが、着物も着てないし、ヒゲもなかった。

彼は半パンツに、ビーチサンダルみたいなのを履いて

手には、聴診器と懐中電灯のみ、、、を持って現れた。


っていうか、家にいたので当たり前ですよね?



で、私のそばに来て、「どうしちゃったのかな〜?」って。

私は、熱もあったので、ボ〜となってて三船敏郎とこの目の前の現実が混同して、よく理解できなかったのだが、なんとか、自分の体の事は説明できた。

そしたら、「は〜い。くちあけて〜?」って口の中を懐中電灯で照らして、
耳は〜?」って、耳の中を懐中電灯でてらして。。。。

「そうだな〜〜なんとかっていうメキシコの薬がいいけども。。。」

え〜? メキシコぉ〜????
(おぼろげに、思った)

「ま、これでもいいだろう。」と すぐにその場で、処方せんを書いてくれて、
「これをドラッグストアで、買ってきて、飲んでみたらいいよ。」


と言って、帰っていったのだった、、、、、。

それで、その後、すでに午後8時をまわっていたが、ニコラがすぐにリサーチをはじめ、その時間でも空いてるドラッグストア探しはじめた。「営業中」とウェブには書いてあっても、電話したら、閉まっているところも多く、なんせ、デトロイトは、ロサンゼルスと違い、24時間営業のドラッグストアが少なかったらしいのです。
(アメリカというところは、州が変わるともう違う国!!!)

なんとか、確実にやってるところが見つかり、それはデトロイトでも、ヤバい場所だったみたいなのだが、ニコラは、ジャンヌ・ダルク系女子なので、こう言う時には燃える!!

すぐに車に乗り込んだ!!!!

夫のトッシュは、本当は行きたくなかったが、後に私からいろいろ言われるのが怖かったみたいで、ニコラの運転する助手席にすわって、いっしょに車で出かけた。苦笑
ダンディなアダムは留守番。苦笑

結局、二人は夜中になって、無事もどってきた。


ふぅーーー。よかった〜〜。

まったく本当にありがたかったぁ〜〜〜。涙

私はその薬を服用したら、次の日からぐんぐんよくなったんです。


そして、その後、アダムに「あの先生にお礼をしないと、、、お金、いくら払ったらいいかな?」って聞いたら、

「なんかウイスキーが欲しいって言ってたよ〜。」って。爆笑

さすが、デトロイトの赤ひげ先生!!!!

僕は酒より、ウイスキーが好きなんだ。



デトロイトのご近所づきあいは江戸時代のまんま。
このような人が、デトロイトには、まだ、いるんだな〜〜!と、
世界のクロサワの「赤ヒゲ」のイメージが最後の最後まで、期待通りで嬉しかった!


そして、なんとか最後のレコーディング作業を終え、
無事にロサンゼルスに戻りました。

しかし、まだ完成ではありません。

その後はマスタリングをしないといけません。

なかなか、終わらん!!が、あと、少し!!

アダムがマスタリングのスタジオを探してくれて、そこが、また、坂本龍一さんとか、テリー・ライリーなどをやっているニューヨークの「ブラックノール・スタジオ」というところ!

なんだか、自分ちのクロゼットで録音したものを、こんなところでやってもらっていいのかな?って、気がひけた。。。。

我々シスターズの名前よりも、
このスタジオの名前を大きく真ん中にクレジットした方が、絶対にアルバムが売れるでしょ?!
とも思った。苦笑

こことのやりとりと並行して、バイナル(レコード)のプレスやなんやらで、そちらも時間がかかり、やっと全てが完成したのだが、
世間はコロナが、始まってしまっていたのだった。とほほ。



なので、派手なリリース・パーティーもできず、地味にSNSなどで、プロモをやりましたが、、、今もその延長です、、、、。汗


もし、この音源に興味ある方がいれば、、、、
こちらにすべて、ご用意致しておりますので〜、是非!


私とさおりちゃんと、アダルトの二人と、
そしてデトロイトの赤ヒゲ先生との
血との汗の結晶であります!!

よかったら聞いてみてください!!


追伸

ちなみに日本の赤ヒゲ先生からも祝辞が届きました。これです。

ルンナちゃん、アルバム完了、おめでとう!!


今回は以上です。
お読み頂き、有難うございました。

L*


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