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【短編】照紅葉に守られて

紅葉から始まる季節が唯一の自分の味方である気がしたけど、冬になればそれは幻想だったと気付く。

私がひとりで安心してファミレスに行けるのは秋までで、冬に入ってしまえばそこには身を寄せ合って「幸せ」作りをする人間たちがあふれ、私のいる席は空白状態になる。その席を譲れば「幸せ」がもうひとつ育つのに、なんだお前は。店員がそう思っている。客がそう思っている。何より自分がそう思っている。

マディソン街近くのブロードウェイ、あの角ばった交差点の連鎖、語学留学でニューヨークに行って、結局英語は身に着かなかったが、こんなに直角な道がたくさんあるなんてと感激した。それが何故かは分からないけど、なだらかに曲がっていく地元の道路を見て辟易として、直後にマッチングアプリを入れたけどマッチした男性誰からも返信がなかったこと。きっとこれは偶然ではない。私はこのなだらかな地に殺されそうになっている。

紅葉の衣を脱いで、秋は過ぎて、木々が情けない丸裸になる。冬が来る。こんな寒い季節にひとりで生きるなんてどうかしてると、インフラが整った現代であっても、人はきっと思うのだ。原始的だ。私はロボットになりたい。

でも多分、ロボットはサラダうどんを食べない。マヨネーズと甘いかけつゆが混ざったオクラは口内でぐにゃりと潰れた。食事なんて家で済ませればいいのに、わざわざ食べたいものが何だろうとか考えて外に出て来たファミレス。私はロボットになり切れない。


日を受けて輝く紅葉が私の体をすっぽり覆うぐらいの影を作り、まるで私を昼間から守っているかのように思えた。この季節は、私が昼の間まともな顔をしていないと察して、こうやって守ってくれるから好きだ。季節が過ぎればそんな木々も力を失って、謝るように細い枝を下に垂らす。これから何か考えられること。これから何か始められること。そんなものあるはずないんだと、冬はいつもレクチャーしてくれる。余計なお世話だと思い、その通りだと思い、私は夜の世界へ出向く準備をするのだろう。


「カスミ、もう俺寝るぞ」
「うん、体冷やさないでよ」
「うん」

父は曲がった背中を私に向けて、自室へ帰っていく。

10年前から、母はどこにいるか分からない。母の不倫が発覚して、母は何故か自主的に家族会議を開いて、父が何も言わない前で、必死に言い訳、自己弁護を続けた。不倫の話から育児の話、家事の話など、母の口から飛び散る唾のように、話は四方八方へとっ散らかった。母が息切れして、涙も流し始めたところで、父は言った。

「好きにしていいぞ。お前が楽なようにしていいぞ。」

その言葉を受けて、母はキレた。声は荒げていたものの、言っている内容は先ほどと同じだった。私はそんな母の言葉が、途中からまるで意味のない雑音に聞こえてきた。同時に父を強く意識した。私はきっと父のように生きることになる。顔をぐちゃぐちゃにした母はしばらく自室にこもり、1時間後に外出した。私はリビングで小さく折り畳んで新聞を読み始めた父を、後ろからそっと抱きしめた。

「お疲れ様。一緒にがんばろ。」

父は笑う。鼻息が、笑ったように聞こえた。私は笑いどころが理解できた。確認をとったわけではない。でも分かる。「がんばろ」という言葉がどれだけこの世で間抜けでインチキか、父は経験で分かっていたし、私は感覚で分かっていた気がする。

私も笑った。小学6年生の秋だった。
人生の行く末が大方見えた秋だった。
あれから私と父の生活に冬は来ず、秋だった。


#シロクマ文芸部


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