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D.H.ローレンス著『チャタレイ夫人の恋人』読書感想文

工業化によって汚染された風景とそれに群がる醜い人間の有様、そして自然と人間のエロティシズムが持つ神秘性との対比が強く印象に残った作品だった。

かつてヨーロッパ全土は今では考えられないほど深い森に覆われた土地だったと聞く。しかし工業化が進むにつれてそれらは破壊され、人間の魂さえも奪っていった。コニーはそんな世の中の流れと炭鉱事業を牛耳る低俗な夫に嫌気が刺し、誘われるように森へと足を運ぶようになる。彼女が森に魅了され、やがて森番であるメラーズと肉欲にまみれた恋に落ちていくのは、過剰な文明社会に対する反発だ。

過剰に洗練された文明と比例する様に、コニーとメラーズの性描写も過激さを増していく。憐れな文明化が度を超えるとユーモアを帯びてくる様に、肉欲に溺れた二人の性描写は笑いを堪えきれないほど滑稽に思われた。声に出したいお気に入りの数々の猥褻名文句があるが、ここでは割愛させて頂く。

秘密の逢引きが何度も描かれるが、とりわけ雨の中を裸で駆け出すコニーの姿が印象に残った。

(引用始め)

彼女は扉を開けて、激しい雨足をながめた。雨は鋼鉄のようだった。ふいに彼女は雨の中に飛び出して、駆けまわりたくなった。(中略)彼女はまたゴム靴をつっかけて、短い野生的な笑い声をあげ、激しい雨に胸をはり、腕を拡げ、ずっと昔ドレスデンで習ったリズムダンスの動作をしながら雨に叩かれて駆け出した。

(引用終わり)p.407

文明が発達するにつれて人間は野生を失っていく。あらゆる呪縛から魂を解放するかのように描かれる彼女の姿に私は魅了された。

メラーズの手紙によって物語は締めくくられている。私は二人の将来が決して明るいものだとは思えない。しかし、互いの肉体によって解放と自由を手に入れたことは二人の人生にとって大切な事だったと思う。二人はそれをセックスによって手に入れたが、それは何かを創る事でも、信念を抱く事でも、何でも構わない。それがたとえ人生のひとときのものであったとしても、己が自由になれる瞬間というものが人間の生活には必要だと私は思う。

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