博士がゆく 第1話「大丈夫だよ」
「3流だな」
そう言い残して指導教員は自分のオフィスに戻っていった。そんなハラスメント丸出しの発言にも慣れたもの。研究室に所属されてから半年、一向に自分のアイディアが、指導教員に認められる気配はない。
ふぅ。
少しだけ息を吐き出し、博士(ひろし)はいつもの作業を始めた。クリーンベンチの扉を上にスライドさせる。その扉はいつもより重い。明かりが自動でつき、クリーンベンチの中からはきだされる空気を感じる。冷蔵庫から真っ赤な液体を取り出し、アルコールスプレーで簡単に周りを消毒してからクリーンベンチに入れた。
「さて、今日の様子はどうかな」
CO2インキュベーターを開けて取り出したのは、博士が実験のために育てている線維芽細胞が入っている培養プレート。今日は培養液を変えなければいけない日だ。細胞の様子を顕微鏡で確認する。
「いつも通りだな」
意味もなくつぶやいた博士に何かが語りかける。
「大丈夫だよ」
「え?」
気のせいでなければ顕微鏡から声が聞こえた気がする。いつも通りプレートの全体を確認すると、見慣れない細胞が混じっている。
「大丈夫だよ」
どうやらこのおかしい物体が話しかけてきているようだ。僕もここしばらく寝てないからな。幻覚でも見ているのだろう。
「何が大丈夫なんだよ」
「君と先生のやりとりを見ていたのさ」
青い細胞らしきものが続ける。染色もしていないのにやけに核膜がくっきりしている。まるで鼻のようだ。
「ひどいことを言っているように聞こえるけれど、ああ見えて先生は君に期待しているんだよ」
「期待しているならもう少し優しく接してほしいんだけど」
博士は続ける
「あんなに毎日自分のアイディアを否定されたら自信なくすよ」
「それでも君は毎日アイディアを出し続けているじゃないか」
たしかに博士は指導教員に自分のアイディアを認めさせることに躍起になっていた。そのせいで今日もろくに寝ていない。
「ああみえて、先生は学生をよく見ている。ひろし君には厳しい接し方が合っていると考えたんだよ」
言われてみれば、こんなに寝ることも忘れるほど夢中になったのはガンツをはじめて読んだ時以来かもしれないな。
ふと、新たな研究のアイディアが思いついた。
「今日も、帰って勉強するか」
「うん!頑張って!」
博士は立ち上がり、培養プレートをBio hazardと書かれた袋に投げ捨てた。
「え?なんで?」
「今思いついたアイディアに細胞は使わないんだ」
「じゃあな」
「そんな~」
聞こえた気がする細胞の悲鳴を無視し、白衣を脱いで私物をバックパックにしまう。
家路をたどる博士の足取りはいつもより軽かった。
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