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ほんの立ち話くらいのこと

7月○日 梅雨明け


梅雨明け、だそうである。


梅雨明けといわれても、そもそも梅雨入りの記憶がないし気分的にはもう100年くらいずっと夏がつづいている感覚なのだから、「ハァ?」と昭和時代の不良少女のようなリアクションしか出てこない。


それにしても、こう高温多湿な日が毎日つづくと遠からず庭の枇杷はバナナに、柿の木はヤシの木にとってかわられるにちがいない。


目黒区の「柿の木坂」はいずれ「ヤシの木坂」に改名されるだろうし、軒に吊るされた干し柿はバナナチップにかわるのだろう。


そういえば、去年の夏も暑過ぎてついには路上に〝おでん〟の幻影を見てしまったのだった。

道路標識を〝おでん〟と見間違えるそんな世界にあっては、もはや週40時間も労働することじたいが無理に等しい。


すくなくとも夏季は就労時間を減らす。そういう〝シン働き方改革〟をいよいよ実行すべきときなのだと強くここに主張したい。


ああ、都知事選に立候補すればよかった。


7月○日 きょうのおしごと


都内の高齢者施設に出張してコーヒーを提供するお仕事。正味2時間で50杯ほどのコーヒーを淹れる。

これまでの経験上、ここに入居されている方々は海外への渡航経験が豊富だったり、また口の奢った方が多い印象がある。そのため、どんな豆を用意するかで毎回あたまを悩ませる。


正直なんでもある程度よろこんでくださるとわかっているのだが、やはり心からおいしいと感じていただきたい。


そんなわけで、今回はコーヒーマシンでは味わえないような、ちょっとオールドスクール?な深煎りの豆を用意してみた。おおむね好評だったようでほっとしている。


仕事で行っているのに、ランチをご馳走になったうえおみやげまでしっかりいただいて帰途につく。


来年もまた元気な姿でお目にかかれますように。

7月○日 牧場


アーティゾン美術館でブランクーシの展覧会をみたのは6月のことだった。
そのとき、常設展でなつかしい一枚の絵との再会があった。《牧場》と題された、アンリ・ルソーのなんとも長閑な作品である。


はじめてこの絵をみたのははるか昔、まだ小学生だった頃のこと。売店で買ってもらったこの絵のB4サイズほどの図版を、ずいぶん長いあいだ部屋の壁に画びょうでとめて飾っていたのを憶えている。


建て替えにより美術館の建物はモダンなかまえとなり、名前もかつての《ブリヂストン美術館》から改称されたが、そこに描かれた二頭の牛たちは相変わらず、だれを待っているのかじっとたたずみ、のんきな表情でこちらをじっとみているのだった。


後日そんな話を友人にしたところ、まさにこのルソーの《牧場》の絵はがきを持っているという。


数日後、その友人から気の早い暑中見舞いがポストに投函されているのをみつけた。もちろん《牧場》の絵はがきで。


そこで、お礼状がわりに自作の短歌を添えてメッセージを送る。

一枚の絵に、時間の経過とともに思い出を塗り重ねてゆくことの歓び。常設展の良さとは、あるいはそんなところにあるのかもしれない。


7月○日 イケボの車掌


通勤時間帯の地下鉄にのったら、その列車の車掌がやたらとイケボであった。


本人も意識しているのだろう、車内アナウンスがいちいち芝居がかって聞こえる。


冷蔵庫並みに冷えた地下鉄の、死んだ魚のような目をした無言の通勤客たち(自分もふくむ)との対比がなんともシュールとしか言いようがない。


ここでイケボ車掌のひと声とともに突然車内のあかりが消え、マイケル・ジャクソンの《スリラー》よろしく乗客がいっせいにゾンビダンスをはじめるというフラッシュモブ的シチュエーションを想像して思わずニヤニヤしてしまう。


いや、かつてはそういうときただニヤニヤしているだけだったが、近ごろはこの心象風景を記録すべく五七調でことばをこねくりまわすという新たな楽しみがくわわった。

7月○日 カムバック


きょうはいっそう暑かった。後ろから羽交い絞めにされ、一日じゅうあつあつの蒸しタオルを顔面に押しあてられているようなそんな暑さ。


一応、毎日仕事には行っているが一日の大半の記憶がない。虚無。


ただ、推しの14カ月ぶりのカムバックが8月に確定したのでそれまではなんとか生き延びたい。切に。


7月○日 コーヒーゼリー


昨夜の雷雨もひどかった。ほんの一瞬だが停電もあった。日付の変わるころにも降ったようだが、疲れきって眠っていてうっすらとした記憶しかない。


ただ、夢うつつにきく雷鳴は嫌いではない。


おやつに前日の晩に仕込んでおいたコーヒーゼリーを食べる。

夏はこれにかぎる。なによりかんたんでおいしい。そしてトッピングのアイスクリームは冗談みたいに大きいくらいでちょうどいい。

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