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24時間持続透析からの離脱、ついに【大学病院ER18日目】
現実から目を背けようとしていた自分を恥じ、反省し、ちゃんと見つめようと決意した前日。父ともう一度やるべきことを確認した。私のやることは「父の想いを汲み取って粛々と必要な手続きをする」こと。年末年始に差し掛かっていたので、年明けすぐに動けるように準備を進めた。
辛くないか、って言うと正直ウソになる。すぐに気持ちを切り替えて…という風にはいかなかった。父が生きられない可能性を考えて進める手続きは、それそのものは単純な事務作業なんだけど、これまで手掛けたどんな仕事よりもはるかにキツかった。
けど、受け止めなくちゃね。これは父の覚悟でもあるんだよ。私はなるべく感情を入れないようにして黙々と机に向かうことにした。
消化するには、もう少し時間がかかりそうだ。
もうひとつのクリスマスプレゼント
クリスマスの面会前、看護師さんから思わぬ報告をいただいた。
『明後日から24時間透析を外して、短い時間の透析回路に変えることになりました。ここにいらした時より随分良くなりましたよね。素直に喜んでいいと思いますよ』
私は少し、疑心暗鬼になっていたところがあった。ちょっと状態が良くなったと思ったらすぐにまた悪くなって…という状況をこれまでイヤというほど繰り返していたから。
ちょっと良さげな報告を聞いてもすぐには受け入れられなくて、思わず看護師さんに「それって、喜んでいいこと…なんですよね?」とこぼすことがあった。だから看護師さんは「いいんだよ」と念押ししてくれたのだと思う。
転院初日、スター先生からは「透析からの離脱は父にとって最大の課題だ」と説明されていた。TAFRO症候群は「サイトカイン」と呼ばれるタンパク質が過剰に作られてしまうことが関係していると言われている。腎機能が極端に低下していた父は、血液浄化によって体内に溜まった水分だけでなくこのタンパク質を取り除かなければならなかった。
透析を外せば、血管から滲み出た水分が体内に大量に溜まり、呼吸困難や臨月のように膨らむお腹、顔や手足がパンパンに浮腫むなど、さまざまな症状を引き起こす。
病原体に対する免疫系の攻撃としては、主に好中球やマクロファージなどの自然免疫系の貪食細胞による貪食作用、キラーT細胞による細胞傷害性物質の放出による宿主細胞の破壊、B細胞が産生する抗体による病原体の不活化などがあります。このような免疫細胞の活性化や機能抑制には、サイトカインと総称される生理活性蛋白質が重要な役割を担っています。サイトカインには白血球が分泌し、免疫系の調節に機能するインターロイキン類、白血球の遊走を誘導するケモカイン類、ウイルスや細胞の増殖を抑制するインターフェロン類など、様々な種類があり、今も発見が続いています。サイトカインは免疫系のバランスの乱れなどによってその制御がうまくいかなくなると、サイトカインストームと呼ばれるサイトカインの過剰な産生状態を引き起こし、ひどい場合には致死的な状態に陥ります。サイトカインは本来の病原体から身を守る役割のほかに、様々な疾患に関与していることが明らかになってきています。
引用-科学技術振興機構 アレルギー疾患自己免疫疾患などの発症機構と治療技術
もしかしたらアクテムラやステロイドの効果で、血液中のサイトカインの数値が戻って来たのかもしれない。父のどういう状態を見て、持続透析を外すと判断されたのか正確にはわからないけれど、一番重大な課題に取り組もうとしていたのだけはわかった。いよいよそのタイミングが来たということだ。
父だけでなく、看護師さんや先生からもクリスマスプレゼントをいただいた気分だった。
良くなっていると信じさせてくれた「父の変化」
それでも私はまだ「良くなっていること」をにわかに信じがたい気持ちではいたのだけど、この日の面会で見た父の2つの変化がそれを確信に変えてくれた。
いつものように口腔ケアをしてくれと言われて歯ブラシを口元に持って行ったら、おもむろに布団から左腕を出して歯ブラシを持ち自分で歯磨きをし出した。利き腕じゃないけどしっかり動かせてる。なんか、感動して思わず写真におさめる。ホントは撮影禁止なんだけどね…
— ノリ@TAFRO症候群患者家族 (@glue_TAFRO) December 26, 2019
他、最近テレビに出てくるスクランブルエッグとかサンドイッチが食べたくなってどうしようもないんだよ、と。入院して1ヶ月、その前からほぼ食べてないから約2ヶ月。久しぶりの【食欲】だ。すごく、すごく嬉しい。けど今度は「食べられない辛さ」が始まるね。先生と相談して食べる目標立てようね。
— ノリ@TAFRO症候群患者家族 (@glue_TAFRO) December 26, 2019
嬉しかった。
ちょっと大袈裟かもしれないけど「感動で心が震える」ってこういうことだったよなと思った。
この1ヶ月ずっと「いつ急変してもおかしくない」みたいな状態だった。人工呼吸・持続透析・輸血…身体の至る所に管が繋がれた見た目。さらに大学病院に来てからは意識が混濁し呂律が回らない口で”うわ言”を発するように。もう、どんどん「生」からかけ離れていくように思えて。
何かを食べたいと思うことも、歯を磨くのも、生きていれば当たり前にやっている。だけどそれ、全然当たり前なんかじゃなかった。ある日突然「普通」が普通じゃなくなり、生きていることが「特別」になるのだ。
そういえば震災の時にも似たような気持ちになった。”ただの当たり前”に心が震える。自分の表現力のなさにうんざりするけど、そんな感覚だった。
エコーを見ながらの中心静脈カテーテル交換
面会中、処置をするので一度外してもらえますか?と言われ、待合に戻ることに。1時間ほど待って再度呼ばれて病室に行くと、いつもベッドの後ろに鎮座しておられた超重装備の透析機器がきれいになくなっていた。
あ、明後日からやるのは短時間透析で、持続透析自体は今日から外してみるということだったんだね。完全に勘違いしてたね(苦笑)
この1ヶ月間ずっと首の静脈からの持続透析を続けていたのだけど、カテーテルの挿入箇所を左右入れ替えることが何度かあった。付けっ放しにすることで挿入部が感染症を起こすのを防ぐためだと聞いていた。
この日も、持続透析を外して短い時間の回路に変えるタイミングで、カテーテルを挿入する箇所を変えてもらっていたようだった。その時、エコーで血管の様子を見ながら穿刺するらしいという情報をネットで仕入れた(処置を待っている間に調べた)
心臓に近い中心静脈にカテーテルを留置する処置については同意書を求められる。さまざまな合併症や感染症のリスクが伴うからなのだろう。もちろん治療に必要な(透析のためならなおさら命に関わる)ことなのだろうとは認識していたので、リスクを伴うとしてもぜひお願いします、というスタンスで同意書にサインするんだけど、入院初日にまとめてサインするので詳しいことはよくわからないまま「いや、よくわかんないけど、とにかくもう、全部お任せします。なんとかお願いします」という感じでサインしているのが正直なところ。
きっと高い技術が求められる処置なのだと思う。そして、想像しただけでめちゃくちゃ痛そうだ。処置が終わった父はいつも若干ぐったりしてる。この日も「痛かった?」と声をかけるとしかめっ面で力強く頷く父。もともと痛みにはめっぽう弱い。必要なこととは言えいつも頑張ってくれている父が本当に誇らしい。
***
どんな苦痛に耐えて来たのだろう?
どんな葛藤があっただろう?
不安は?焦りは?そして、恐怖は?
毎日そばで見ていても、父の本当の気持ちはわからない。
ステロイドパルスをはじめた先週末から、口から水分や栄養を取ることをやめた父。食べたり飲んだりできないと心配になるのはこちらだけで、先生から「栄養も水分も点滴で調整できてるから無理しなくていいんですよ」と言われて安心してやめた様子。患者の気持ちはなかなかわからないもんだなぁ…
— ノリ@TAFRO症候群患者家族 (@glue_TAFRO) December 25, 2019
わかってあげられるなんて、おこがましいことは考えていないつもりだ。本人にしかわからないことが山ほどあるのだろうと思う。
なのに時に、こちらの気持ちや考えを押し付けてしまいそうになる。
ちょっとでも食べられたり飲めたりしたほうがいいんじゃないか?ということもその最たる例だし、もっと言えば「治療を積極的にしてほしい」とか「生きていてほしい」という気持ちも、それをそのままぶつけてしまったら父に苦痛を強いるだけになることもあるのかもしれない。
たとえば透析が外れることは医療的に見て「良い」経過なんだけど、その経過を辿ったがゆえに襲ってくるであろうさまざまな(おそらく医療的に見たら小さな、命に関わる可能性の低い)弊害に耐え、乗り越えて行かなきゃいけない、という影の部分だって存在する。
本人にとってはそうした小さな弊害の方がよっぽど苦しい、ということだってあるのかもしれない。
いくら可能性を考えてみてもたどり着けない領域があることがずっと怖かった。父の本音もそう、医療もそう、希少難病もそう。「わからない」って恐怖なんだよね。
「わからないことがある自分」をもっと受け入れろ、ってことなのかもしれない。怖いという感覚はたぶん、そういう現実を受け入れることへの抵抗なんだと思うから。
闘病している父が一番、それを体現してくれている。本人がしんどいながらも受け入れようとしているのに、周りが抵抗しててどうする?
うーむ…葛藤だらけだ。