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父も昔は少年だった。聞ける幸せ

父(85)と娘(51)の会話
そんなに弾む話題でもないのだが..


先日から、父の介護の体制をもう一段階進めようと実家に帰っている。

遡る事10日前、足の弱った父は歩くこともままならぬようになり、とうとうベットになった。

半ば強引に居合わせた看護士がケアマネに連絡し、その日の夕方にはベット搬入があった。(この時も母は床で寝せるのを大丈夫と言っていたそう)

ベット生活がはじまり1週間、近くに居る長男夫婦はもう見ていられない
母は「起こせないから」と兄達に助けを呼びに来るそう(;'∀')

リハビリパンツ・オムツの違いやパットの当て方も分からず、毎回汚れたところを全部変えている・・・服にシーツも…

(因みに母は仕事もしている。途中抜け出しリハパン交換・食事提供に走ってるらしい)

限界だわ(-.-)
本人の「出来とーわね、これくらい大丈夫だけん」
は、もうバグっている(;´Д`)

「今までよくやった、もう頑張ったけん」
「誰が見ても限界だけん」としか言いようがない。


ともかく
このままだと、2人共倒れになるから・・・
と私が帰省したその日に兄弟3人で説得開始

「私達、子供の為にヘルパー入れて下さいな」
「心配でやれません」これが子供全員の意見だよ。

そしたらね・・・意外にすんなり納得
の言葉が…

「そんならやってみるだわね」
(父の拒否が凄いよ、他人に出来るもんならやってみろ的な?(;'∀'))

・・・なんか、挑戦状突き付けられた?(笑)

しょうがないよね
こういう言い方になっちゃうのよね^^;


そして、私は体制を整えるためケアマネに連絡し、色々福祉用具入れました。


父も納得してくれた
(個別に1対1で話します)
皆が居ると素直になれないもんね。


本日3日目の朝

オムツ交換も素直に応じてくれる父
荒げる声も少なくなった。
協力動作もある。
(この数日、介護についての話もしたので受け入れモードになってくれている)

受け入れの歌なのか?

オムツの交換を始めると、昔の歌を大声で歌い始めた♬

「ご飯を食べる前に歌は喉の運動になるけんいいよねー
( ^ω^)」・・・なんて話しながら


仏壇のある部屋にベットを置いため
祖父母の写真も部屋の上の方に飾ってある

「お、親父も(歌を)聞いとるか(笑)」
「昔は、怖かったけんなー。海軍中将だったけん」

「へー、穏やかなじいちゃんしか知らんわー
怒らい事あったんだー」


すると、父が
「この話、おまえにした事あったかな?」と話してくれた

昔な、家の横に小さな川があってな
(リアル昔話の話し方(笑))

俺が、そこで女の子を泣かして帰った時があってな

怒られると思ったら

[かざぐるま] 作ってくれて

「これで遊べ」って渡してくれたわー

あのことはよう(よく)覚えちょーなー

・・・あれからいじめるの辞めたけん

あれは覚えとるわー..…


ここで、おむつ交換終了


父とじいちゃんとの、幼き日の思い出話は初めて聞いた気がする。

最後まで動いていたいと言う父には申し訳ないが

こんな時間をもらえて

有難いとさえ思ってしまった。



ここまで読んで頂きありがとうございます。


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