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哲学あそび(仮)補足・雑記

哲学あそび(仮)に関する補足と雑記です。

改めて、どういうことがしたいのか、当日の進行はどうするのかというところを補足します。

↓↓イベントはこちら
【イベント】12/14(土)13:00-16:00 哲学あそび(仮)|あそビバ!

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<当日内容補足>
■前提
目的は自分の感情や発想をいつもより自由にして楽しむこと。
やる前と後の変化や気づきを楽しむこと。
テーマについてひとつの答えを追求するのではない。
掘りたければ掘る。脱線もOK。
(私も自由にします。なのでファシリテーターが軌道修正したければします。)

■内容
まず最初に時間を取って、テーマに対して連想するものを自由に書く。
ポジティブ/ネガティブで分けて付箋に書く。
そのあとは、何故それが浮かんで、なぜそれがポジなのかネガなのかを説明をしながら付箋を貼っていく。
その時に他の人は自由に質問や浮かんだものを話していく。また、同じものがあったら貼る。
また途中で出てくることがあったら追加して貼る。
その繰り返し。

■テーマ
「人間関係」にしようと思います。
テーマは何でも広がるので変えてもいいですが、基本はこれで考えてます。
当日に異論を唱えるのもOKです。

↓↓申し込みはこちら
【12/14】哲学あそび(仮) 申し込みページ

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この内容を考えるにあたり、色んな思考や想いがありました。

まず、走り出しということもあって、イベントの反応自体はいいけど申し込みは奮わない。
そのことに寂しさと諦めがあって感情がハッキリしないでいた。

仕方ないという諦めの中には自分の恐れがあった。
哲学っていう小難しいワードを使っているけど、いわゆる哲「学」に詳しい人でもないし、特別好きなわけでもない。バックグラウンドもない。もっと知識を持ってる人は沢山いる。

そこに後ろめたさがあった。
フィルターを掛けずに言うと、場を潰されたくないとか、マウント取られたくないとか、そんな恐れ。シンプルに恐れ。
その恐れを自分の中で受容しきれないままに進めようとしていた。
もちろん、受容してる部分もあるけど野放しのままの恐れもあった。

いやでも、それこそシンプルにみんなと楽しい時間を過ごしたいんだよ。


ここで思い出したこと。
大学の頃に「道徳哲学・倫理学」のゼミに入っていた。

ゼミは任意だったけど、その中でもゼミに入ると決めたのも、ゼミを道徳哲学・倫理学に決めたのも、仲間が欲しいと思ったから。

どうせ人と接するなら、どうせ友達と会話するならこういう話をしたいと思ってたから。
ガンダムがどうだの飲み会がどうだの彼氏彼女がどうだのもイイんだけど、それだけじゃなくてこういう会話をしたかったし、そこも含めて仲間と感じれると当時は思っていた。
ゼミの面接でもそれを話した。話す内容が崇高なのか愛なのかエゴなのかとかは実は何でもいい気がしていて、真剣に話せるか、真剣に出せるかというのが楽しいし、それが出来るから繋がりも深く感じられる。そういうことしたいんだなと思った。

実際、ゼミの友人とは暫く会ってないけど、それでも謎の強いつながりを感じる。
特に自分ともう一人は、一般的な学生としての素行は決して良くなかったけど、ある意味ゼミの本筋に沿っていたような気がしていて(要はなんでも真剣に話していた)、彼への信頼、(言われてないけど)彼からの信頼はすごく強いと感じている。

だからこそ、そういう楽しみを真剣にしたいし、そういう楽しみを広げたいという気持ちもある。

シンプルに楽しみたい。どうせやるなら、自分にとって深い楽しみを味わいたい。

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