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パン職人の修造 138 江川と修造シリーズ prevent a crisis 杉本


休みの日、由梨と藤岡はYouTube用の動画「各駅停車パン屋巡り」を撮る為に日光に来ていた。

電車を降りる前から動画を撮り始める。

電車が去って行くのを撮った後、観光客の流れに乗って一緒に日光街道を動画を撮りながら歩き始めると、すぐに目的のパン屋さんにやって来た。

1階はベーカリー、2階はカフェで2人は可愛らしい小花柄の皿に乗って運ばれてきた厚切りのパンを3切れに切ったシナモントーストを分け合って食べた。

コーヒーを飲みながら2人はこれからの行き道について話したり、さっき撮った動画をチェックしたりしていた。

「この先の神橋の手前にも同じベーカリーがあるんだ、その横の坂を登った所にあるホテルにもパンが置いてるよ」

「はい、そのホテルって150年も前にできたんですか?」

「そうらしいよ、そのホテルでのパンの外販が始まったのが1968年だから55年以上になるよね」

「すごい歴史がある所なんですね」

「そこも後で覗いてみようか」

2人は店を出て、また歩いて赤い屋根で2階建ての建物の角にあるパン店に入った。

確かに歴史を感じる佇まいで陳列も上品だ。

「横浜の歴史のあるパン屋さんを思い出すな。雰囲気が似てる」

「そのお店も随分前に出来たんですか」

「確か明治半ばにできたんだよ、130年以上経つよね。そうだ、今度行ってみよう、言いたい事が伝わるかも」

「はい」

「そこ俺の実家の近くなんだ、ほら、こないだ言ってた満天星躑躅(どうだんつつじ)がある所」

「行ってみたいです」と言ってから藤岡の実家に行ってみたいと言っている事に気がつく「あの」ちょっと赤くなった由梨を見て、藤岡は微笑みながらねじりパンの『フレンチコッペ』をトレーに乗せた。

由梨は同じトレーにフルーツケーキ風の中味が入っている『ブランデー』という甘いパンを照れながら乗せた。

「そこにも今度行ってみよう」


その後2人は神橋の下に流れる川を眺めながら話した「まだまだ行った事のないパン屋さんがあるね」

「はい、どの店もお客様をお迎えする為に朝早くから色んなパンを作るけれど、どんな地域のどの店も同じパンじゃない、さっきのパン屋さんみたいに初代の製法を大切に守り続けて結果的にそれが地域の歴史を作ったり、パンロンドみたいに地域に根付いて、町の商店街の人の流れを自ら作っていっている店もあるんだなと最近になって気がつきました」

「そうなんだ!いい事言うなあ。そういう意味でも奥が深いよね、知らない事も沢山ある」

「はい」

そう言いながら信号を渡り、東照宮に向かって坂道を歩き出した。

「結構人が多いね」

最近は歩く時は手を繋ぐのが習慣付いていて、お互いの手の温もりが伝わり心も温かくなるのを感じていた。

幸せと言う言葉は最近になって初めて気がついた程、由梨は嫌な子供時代を過ごしてきた、街の人達に根も葉もない悪い噂話をばら撒かれて外を歩くのも辛かった。

「あの」

「うん」

「す、好きです藤岡さん」

「ありがとう、俺もだよ」

人に聞かれると恥ずかしいが、どうしても今伝えたかった。

「今日は由梨の写真をいっぱい撮ろう」

「はい、藤岡さんの写真も撮りたいです」



日光から帰った夜

藤岡がタワマンの自室で動画を編集していた時電話がかかってきた。
「はい、ああどうも、え?何故それを俺に?そうなんですね。じゃあ調べに行きますよ、それじゃあ」

そう言って電話を切った後「さてどうするかな」と大きな窓の夜の街を見ていた。

ーーーー

次の日

パンロンドで作業中

藤岡は親方にお願い事をした。

親方の返事は「勿論いいけど杉本は何て言うかな」

「何も言わずに協力すると思います」

「そう?」

親方は杉本に手招きした。

「何ですかぁ親方」

「お前な、転職しろ。明日から横浜の工場へ行ってもらうから」

「えっっっっ」目を見開いた杉本の額から汗が流れた。

「パンロンド2号店?」という問いかけに親方と藤岡が違う違うと手を横に振った。

ーーーー


その翌日

親方の言った通り本当に横浜の工場にやって来た。

1人で工場の裏側みたいな所に立った。

「ここ?」工場の周りは高い塀で覆われて入り口がよくわからない。

「広いな」やっと裏門みたいな所を見つけた。この周りだけはブロック塀では無く白い鉄製の柵になっていて中が見える。

門の向こうに4人男が立っている。

「ユニフォーム着てるからここの人だよね」杉本は隙間から顔をつっこんで覗いた。

「明日、分かってるな」

「はい」

「14時決行だ」

「はい」

4人は打ち合わせ中らしく真剣な面持ちだ。

年齢はばらつきがあり、50歳ぐらいの目が細くて釣り上がった男の名札には足打と書いてある。その隣の40ぐらいの男は最上、後の2人は若くて大島と京田。

「あの〜すみません、今日からここで働くらしい杉本なんですけどぉ」

「今日から?らしいってなんだ」

「聞いてないな」

「大和田って人に会えば分かるって言われて」

「大和田工場長の事かな」

「他にいないだろ」

「じゃあ入れよ」

杉本が中に入って建物のドアを目掛けて歩き出すと「待て」と年配の男が引き留めた「お前俺達のさっきの会話聞いてただろ」

「何の事ですかぁ」

「聞いてなかったのかな」

「何の事かわからないのでは?」

「まあいい行け」

そう言われると気になる。

何て言ってたっけ?明日14時ケッコウ?

ケッコウです?

「コケコッコー」と言いながら工場の裏口らしい鉄のドアを開けた。


つづく



お話の中のパン屋さんは日光の金谷ホテルベーカリーです。
日光の駅の近くには5軒販売所があります。
金谷ホテルベーカリーは1873年(明治6年)にカッテジインが開業されるところから始まりました。その後日光金谷ホテルとして営業を開始。
1925年に入社してきた川津勝利さんが村上新一さんと共に最高のパンを追求され、以降パンとクッキースの伝統は守り続けられて行きます。
お盆の時期の夕方に訪れたので神橋店ではパンは全て売り切れでしたが、その後泊まった金谷ホテルの売店にパンが売られていましたのですかさず購入。17時からの館内ツアーに参加したり夕食にも朝食にもパンが楽しめたので満足でした。

そして藤岡が既視感を味わったのは横浜のウチキパンでした。
2軒とも伝統を作り上げたパン屋さんです。
ウチキパンは初代打木彦太郎さんが1888年(明治21年)元町『横浜ベーカリー宇千喜商店』を開始。山食パンのイングランドは130年以上の伝統を守り続けたイギリスパンです。

尊重されるべき歴史がありすぎてパン屋に入った時の雰囲気が似ています。

由梨と藤岡が2人で東照宮にいるイラストですが、彫刻が凄すぎてそのまま使わせて頂きました。

2人で3切のトーストを分け合う、一つずつ食べて残りの一つは手で半分にして、大きい方を相手に渡す。そんな2人は微笑ましいですね。

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