パン職人の修造57 江川と修造シリーズ Mountain View
選考会の前日
修造達は会場の大きな駐車場に車を付けて荷物を運び込んだ。
搬入の車でごった返していて殆どが機械や什器備品を積んだトラックだった。
館内で、自分達が使うブースを教えてもらい荷物を置いていると、大木がやってきて「今から選考会全体の挨拶があるから」と皆に声を掛けて集めて行った。
会を牛耳るメンバーは皆とてもキャリアの豊富な凄腕のシェフばかりでそれを見ていて修造は興奮してきた。「凄い」そして心の中であのシェフはあの店の誰々とか一人一人見ていった。
大木の横にいた鳥井は、その横の佐久間に小声で聞いた
「なあ、あいつは?」
「あいつはここじゃ無くて興善フーズに頼まれて3日間デモンストレーションするんだってさ」
「そうなんだ」
「明日こっそり見に来るんじゃない?」
その時、関係者がゾロゾロそろって輪になってきたので大木が「では順番に紹介するので呼ばれた方は手をあげて下さい」と言って関係者、選手の順に名前を読み上げた。
修造の向かいには北麦パンの佐々木和馬が立ってこちらを見ている。
修造もそれに気がついて見返した。
別に睨んでるわけではないが相手が何かしらの感情を向けてくるのに気がつかない事はない。
他にもじっとこちらをみてる者が2人。
1人はブーランジェリー秋山の萱島大吾と言われて手を挙げた。
そしてもう1人はパン工房エクラットの寺阪明穂と言われて手を挙げた。
前情報が少なく実力の程はまだわからない2人だ。
一方の江川の対戦相手はコンテストが明後日ということもあって鷲羽以外まだ揃っていなかった。
今日与えられた準備の時間は1時間。
種の状態も良いので長時間発酵の生地を仕込み
明日の朝に備える。
そのあと会場を練り歩いてあのブースは包材屋さん、
あのブースは機械屋さんとかひとつひとつ見ていったが
どこも明日の開会までにセッティングを終わらせなければならず目が血走っている。
次の朝
修造は綺麗に髭を沿った。
江川は髭の無い修造の顔を不思議そうに見ていた。
「とうとう当日になったね。悔いのないように今までの練習の成果を、全力を尽くして出そう」試合の度、空手の師範に言われていた言葉だった。
修造は幼い頃、川で溺れていた所を師範に助けて貰って以来、父の様に慕い道場に通い詰めた。
試合には何度も出て、途中からはよくトロフィーを手にした。試合で勝ってもけして動じず相手に敬意を払い己を律する。そんな風に育てられた。
早朝6時
選考会が始まった。修造は空手の時の癖で心の中で「試合」と呼んでしまう。それに実は親方や大木の事を「師範」と呼びかけた事が何度もあった。
集中力を身につけて、より精進する。
これが今迄の、そしてこれからの修造の生きていく上での理念であった。
どのみち隣のブースはよく見えないし、気にしても仕方ない。やはりこれは己れとの闘いなのだ。
粛々と素早く己れの最大の力を出す。
江川は修造が欲しいと思うものを用意して
次の段階を準備していく。
人々からは、静かに進行していくパン作りを見ているように感じるかも知れない。
だが実は工程が幾つも編み込まれていて網目のひとつも狂わせない様に2人で動いていた。
親方に教わったチームワークと優しさ、大木に教わったバゲット、那須田に教わったクロワッサンとヴィエノワズリー、佐久間との戦いで色々考えたタルティーヌ、妻律子と考えたパンデコレの原案。その全てを編み込ませて形にしていった。
旋盤の仕掛けに花につけた「カギ」が上手く合わさりそれを水飴で取れない様にしていく、修造はまたうまくいった瞬間したり顔をした。
修造のパンデコレは編み込みの旋盤に花を施した紫が主体のもので「和」と言うのにふさわしいものだった。
つづく
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