パン職人の修造84 江川と修造シリーズ stairway to glory
はじめに
このお話はフィクションです。
修造達はとうとう世界の一流パン職人の方々と戦うところまで来ました。格闘と違い選手は各ブースで自分との闘いをするのです。どこの国に勝ったとか負けたとかはこの場では伏せて、後でちょっと選手がチラ見えするかもしれませんが想像でこの国だな、とかあの国だなとか思い描いて頂けるとありがたく存じます。パンの説明は分かり易い様に時系列ではなく種類別にしています。
stairway to glory
世界大会の前日
朝
ホテルの洗面台で修造はまた髭を綺麗に剃った。
「気合を表してるんですね?」
江川が不思議そうに見ている。
髭の無い修造が別人の様で新鮮な気持ちがする。
会場に着くと大木が呼びに来た。
「修造、10時から順番に写真撮影があるから」
「ええ?」写真撮りは嫌だけど仕方がない、大木に着いて行く。
この時に初めて参加国の各コーチ、選手、助手を見ることになる。
「カッコいい」江川が憧れの眼差しで見ている。
色んな国のチームが並んで順番待ちをしていて確かにカッコいい。
「きっと凄いパン作りをするんだろうなあ」
自分の国の国旗を持った選手を見て2人共感動していた。
さて、自分達の番が来て、日本の国旗を大木が手に持ち3人で並んだ。
修造は前回の経験があるので今日は顔を引き攣らせない様に家族の事を思う浮かべながら微笑んだ。
そのうちに鷲羽と園部が荷物を両腕に振り分けて沢山持って来た。
出汁用の乾物とオーガニックの野菜や果物が入っている。
「修造さーん」
「あ!2人共どうもありがとう」修造も内心心配していたのか荷物が届いてホッとしていた。
なるべく新鮮な野菜を手に入れたかったので、お店の人に頼んでおいたのだ。一旦パリに行って買い物してまた戻ってくれるなんてありがたい。
「俺たち明日は応援席にいるから頑張って下さい」
「うん!ありがとうな。これから開会式だから見て行って」
「はい。修造さん、アンフリッシユザワーは上手く行きましたか?」
「うん、フィードしたよ。上手くいきそうだ」
「よかった!心配だったので」
鷲羽は修造に渡した種の次の段階が上手くいくか気がかりだった。上手く育てて本番で使ってくれるなんてテンションが上がる。
「よしっ!江川!頑張れよ」鷲羽は拳を横から前にグッと握ってガッツポーズをした。
「頑張るね」
江川は鷲羽達と長年の友の様に手を振って見送った。
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開会式では主催であるフランスのパン職人の重鎮達が揃い、世界から集まった9か国のチームは順番に呼ばれて、やがて全員がずらりと並んだ。
これからここで繰り広げられる戦いは敵とではなく、常に自分との闘いなのだ。
開会式を見ていた鷲羽は複雑な心境だった様だが、こうなったら自分の実力で這い上がってくるしかない。
会場から立ち去る時二人は黙ったまま橋の上を歩いていたが、急に園部が「江川で良かったな」と言ったので、鷲羽は見透かされてると思い顔が真っ赤になった。
実際他の者が助手になっていたら嫉妬でどうにかなりそうだったろう。買い物なんてしてやるわけが無い。もう自分達は友情で結ばれている仲間なんだ。そう思う。
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さて
前日準備は1時間しかない。
各選手達は自分たちのブースに入って作業を始めた。
江川も兼ねてから練習していた物を作り始めた。素早く下ごしらえした各野菜(アスパラ、大根、ナス、インゲン、パプリカ、ズッキーニ、トマト、ジロール茸)の9種類を型に敷き詰めた。特訓通りに綺麗に並べる。そこにあらかじめ水に浸けていた真昆布と、鰹、いりこで出汁をとり、醤油、酒、塩、味醂、寒天を溶かして型に入れた。結構素早くできたのは練習の賜物だ。
温度帯が明日どうなるかわからない、その時の為に2つのレシピを用意する。若干濃い味、若干薄い味。初めは3種類用意するつもりだったが、修造が江川の為に2種類に絞った
綺麗にラップで蓋をして冷蔵庫にしまいながら江川はホッとして額の汗を拭った。
江川はこの前日の1時間の為に野菜と出汁を使った寒天のゼリー寄せを作る練習をしてきたのだ。そして包丁も研ぎ澄ませてきた。
材料がキチンと手に入ったのは下調べをしてくれた2人のおかげだよ。ありがとう鷲羽君園部君。そう思いながら江川は小さくガッツポーズをした。
ゼリー寄せができたら今度は豚塊を味付けする。ミールで挽いた岩塩とハーブ、砂糖を擦り込み、紙で包んでジップロックに入れて冷蔵庫にしまった。
修造は明日の為の生地作りをしていた。まず鷲羽がさっき言っていた種を育てたグルントザワーの次の段階、フォルザワータイクを仕上げる。
それと小麦粉で作った中種フォアタイク。
次にイーストを少しだけ使った長時間発酵の生地。
そしてヴィエノワズリー(クロワッサンやデニッシャープルンダーなどの甘い系のパンなどの折り込み用の生地)などを順に作っていた。
江川は素早い動きの邪魔にならないように生地の仕込み中の修造の欲しいものを用意したり、後片付けをしていく。
その様子を審査員がつぶさにチェックしていた。
2人とも練習の成果でギリギリのスケジュールをこなす事ができた。
「ふぅ〜」
江川は疲れをほぐす深呼吸をした。
1時間でクタクタだ。
明日どうなるかな?
きっと8時間マラソンみたいなんだろうな。
帰ったらもう一度スケジュールを確認しよう。
なんだか緊張でガチガチになってきた。
つづく