9月入学を考える(1) 〜 グローバル化に9月入学は不要
突如降ってわいた9月入学。コロナの非常事態にこんなことを真面目に検討してしまう大国に不信感しか持てないのではないだろうか。良くも悪くも日本の組織はボトムアップで上に上がってくる時は既に組織内で合意されていて右にも左にもいけない状態で審議される。今回のコロナのように速やかに決断を下す必要があることは苦手だが中長期で検討する課題は比較的得意としていたはずだ。安倍政権の終末がわかってきたことで次の総理総裁争いが組織内に三遊間のゴロが多発(アベノマスクとか)しているようにしか見えない。しかもグローバル化を引き合いにして9月入学を正当化してしまったからたちが悪い。以下、グローバル化に9月入学は不要だということを伝えたい。
私が大学を卒業したのは1990年代終わりで、卒業して20年と少しになる。当時グローバルな学校は限られていてICUか上智大学くらいだった。しかし私の卒業した大学はとても伝統的で比較的硬い学校だったと思うが、グローバル化に対応すべくキャンパスを実験場としてグローバル化させた。キャンパスの2割から3割は帰国子女で外国から交換留学して授業を受ける学生もいた。今思えば外国から来る人たちには特別なケアをしていたのかもしれないが、皆普通に勉強をして単位を取得して卒業ないしは母国に帰っていった。
それを成功させた仕組みはセメスター制だった。春学期と秋学期に分けて、4月入学と9月入学を設けた。海外の高校を卒業した学生は9月に入学し順調にいけば8月に卒業だ。セメスター制のいいところが単位を落として卒業が伸びても半年遅れるだけで済む(普通の日本の通年制大学は1年遅れてしまうのだろう、きっと)。ネット検索をして詳しくセメスター制度の説明があるのでここにリンクを貼ります。多くの日本の大学のセメスター制は形だけのようです。
そして海外交換留学(これは受け入れる方も含む)も9月から8月の間に留学先の学校に行く、あるいは留学生として受け入れることがごく普通に実現していた。むしろ1年とか2年という長期の人よりも6ヶ月くらいの留学の方が今の時代も需要が多いと思う。実際、私も4年の秋学期はロンドンに留学をしていた。したがってセメスター制ないしはクォーター制を整備していないとグローバル化に対応ができないのだ。つまり本来はグローバルに対応するためにセメスター制の導入を!と主張すべきが最初にあるのだと(あくまで日本に拠点がありながら)グローバルな環境に育った私は言いたい。
ちなみにオセアニア(オーストラリアとニュージーランド)は2月入学だ(厳密には暦によって1月最終週か2月最初週になる)。夏休みで1月を丸々使うためにとても中途半端な2月という開始時期になっている。しかし英語圏ということもあって留学先での人気は高く中国人やインド人をはじめ世界各国から大学にやってくる。これらの学校もやはりセメスター制ないしはクォーター制なので特に何の問題もなくグローバル対応を行なっている。オーストラリア人やニュージーランド人も起源をヨーロッパ各国に持つ人が多くアメリカやイギリスに限らず、イタリアやフランスなどにも留学を希望する人が多い。
まずはデメリットしかない9月入学は一刻も早く税金の無駄なので辞めて、セメスター制の導入について検討をしてもらいたいものだ。