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【米国大統領選】ディック・チェイニー元副大統領と娘リズ・チェイニーの戦い

ディック・チェイニー元副大統領(共和党)が娘のリズ・チェイニーのトランプ再選阻止活動を称え、「トランプをホワイトハウスに送ってはいけない、とても危険なことだ」とアンチトランプ活動を行ってきたために上院議員の議席を失っていた娘、リズ・チェイニーの再出馬を支援。

おそらく日本ではあまり報道されてきてないことなので何を言っているのだと思う方も多いのかと思う。けれど、ここ数年というもの私は父親のディック・チェイニーはいったい何をしている、娘とうまくいってないのか、と不満に思っていた。共和党をのっとってしまったMAGA(トランプ支持者たち)を敵に回し、文字通り命がけでアンチトランプ、トランプの再選阻止を共和党支持者たちに訴え続けている共和党員たちの裏側の話だ。


トランプ政権時代の実体験

私自身、根っからの父親っ娘。どんな冒険をしようが、どんなに遠くに飛び立とうが、「しっかり頑張るんだぞ!」と後押ししてくれた父。「でも、さみしくなったらいつでも帰っておいで」なんて、ほんとうは自分が一番さみしく思っているのに。相変わらず強面ながら、愛娘の支援を表明しているディック・チェイニーの動画を観ながら我が父からもらった惜しみない愛をたぐりよせる。

参政権が欲しくて米国に帰化して22年。それ以前の1985年、カリフォルニアに移住して以来大統領選も人生の縮図、世界の縮図と感じ、政界で活躍する人々を応援しながらも自分の人生とすり合わせずっと熟視してきた。

トランプ政権時代はトランプの無頓着な「チャイニーズウイルス」の発言が災いし、アジア人へのヘイトが国中に広がった。民主党優位のサンフランシスコ・ベイエリアでさえあちこちでアジア系住民が一般人に突然襲われ大けがをするといった事件が私たちアジア人を震え上がらせた。

写真が趣味の私は太平洋を見下ろす崖っぷちに立つときなどは後ろから私を突き落とす人がいないか注意を払う癖がいつしか身についていた。サンフランシスコから1時間も車を飛ばせば共和党支持者が多く住む地域もある。町の中心に銃を販売する店舗を見かけたりすれば、車から降りてグローサリーで食材を購入することさえ緊張感でいっぱいだった。

無名の私でさえそんなふうに命の危険を感じて暮らしていたのだから、渦中のど真ん中から声高にアンチトランプを訴え続けてきたリズはどんなに大変な思いで活動を続けているのだろうと、他人事ながら心配してしまう。ましてや血を分けた父親なら我が娘の命の危険を感じ取り、生きた心地もしない日々を過ごしているのかもしれない。


リズ・チェイニーの戦い

チェイニー父娘

リズ・チェイニーは2017年から下院、上院と議員としてワイオミング州から選出されており、下院時代には共和党の下院議長も務めたほど共和党議員として国に君臨してきた人。父親は息子ブッシュ政権で副大統領を二期務めたブッシュのブレインと言われた、泣く子も黙るディック・チェイニー。親子ともに生粋の正統派共和党員だ。

トランプ政権中、娘のリズはトランプの悪政、国主としての資質欠如、プーチンや金正恩との異常な関係に疑問を持ち、弾劾裁判でも民主党側についていた。その行為が自分の政治家生命を脅かすものだということも、トランプがマフィアのような手法の心理作戦でMAGA(トランプ支持層)からの襲撃に合う可能性も充分知ったうえで、文字通り命懸けでトランプ再選阻止を共和党議員と共和党支持の有権者に呼び掛けてきた。そして実際に2022年の中間選挙では共和党優勢のワイオミング州からの再選を果たせずやむなく議会を去っている。今回はそのリベンジをかけた出馬だ。


アンチ・トランプの共和党員たち

アダム・キンジンガー元下院議員

リズのほかにもアダム・キンジンガー(2011年よりイリノイ州選出の共和党下院議員、元空軍でKC-135 Stratotankerのパイロットを務める)も同様にアンチ・トランプの先鋭としてMAGAによる議会襲撃に対して陰で操っていたトランプを声高に批難したことが理由で共和党母体からの糾弾に合いやむなく議会を去っている。アダムは先月行われた民主党全国大会で共和党員として壇上に立ちカマラ支持を表明し、トランプに脅され内心はアンチトランプなのにそれを公表しない共和党員を「腰抜け野郎ども」と批難した。


ジェフ・ダンカン元ジョージア州知事

もう一人共和党のリーダーの一人による民主党大会で感涙を誘うスピーチがあった。元ジョージア州知事ジェフ・ダンカンだ。カマラ支持を表明し、共和党員に伝えた。「カマラに投票することは民主党員に迎合することではない。民主主義を守る、アメリカを愛する人間としての当然とるべき行動だ。」と告げた。そして一枚のコースターを取り出してその裏側に書かれた文字を読んだ。「正しいことをすることは決して間違ったことにはならない」。それは自分の息子のためにダンカン元知事が書いたものだった。自宅をとりまく護衛(MAGAからの襲撃にあう可能性があり)たちに震え上がっている父、ダンカン元知事に息子がそのコースターをもってきて「お父さん、正しいことをすることは間違ってないよ」と励ましてくれたと涙ながらに語っていた。

命の危険を承知の上で立ち上がってきた勇者である共和党議員や共和党知事たちを心から称えたいし、彼らの語る思いは今、最も興味深い。第一期トランプ政権で本当は何が起きていたのか、アメリカでも報道されなかった事実が明らかになってきているからだ。次期トランプ政権を何としてでも打ち立て、トランプの吸引力を活用して自分たちの思い描く国家、そしてひいては世界にしていきたいトランプのとりまきたちの野望がだんだん見えてくるからだ。


リズ・チェイニー、ハリスを支持



民主党全国大会ではリズの登場も多くのアンチトランプ派共和党支持のコメンテイターなどから期待されていたが、残念ながら彼女の姿を見ることはなかった。しかし彼女が共和党員としての立場からトランプ再選を阻止する活動を続けていることは確かであり、どんな形でカマラ支持を表明するか、アメリカ移住以来民主党を支持しながらも(バイデンが辞退しなければ民主党離党さえ考えていた)、どちらの党でもいいからまっとうな政治を求める私としても心待ちにしていたことだった。


デューク大学での講演会でカマラ・ハリス支持を表明するリズ

そしてとうとう9月5日、ノースカロライナ州デューク大学での「民主主義を守り抜こう」を主旨に開催されたリズの講演会で本人自らカマラ・ハリス支持の声明発表をした。「私はカマラ・ハリスに投票します」と。元共和党政権の副大統領の父の支援動画とともに。


トランプ政権への不安

ブッシュ政権時、ちょっと頭の悪そうなブッシュの裏で石油業で大儲けをしているという噂のディック・チェイニーが危険人物に見えてしかたがなかった。はっきり言って敵対視していた。環境問題を否定して化石燃料の採掘に力を入れている人だったから。しかし、どんなに危険人物と思っていても、トランプの比ではない。

2016年に大統領選に出馬する以前から大都市の実業家の間ではトランプが大統領としての資質に欠けることは周知の事実だった。その当時、出馬を発表したばかりのトランプを罵倒する共和党議員は数えきれないほど多くいたが、圧倒的な支持層を瞬く間に固めてしまったトランプには誰も逆らわなくなった。トランプの資質のなさを批難していた者たちの多くは当確をものにしたトランプの伸びしろに期待するしかなかった。

しかし多くの期待を裏切り、残念ながらトランプが人間として成長することはなかった。日々ゴルフに明け暮れ、フォトオップ(営業用の写真撮影やメディアによる取材を受けるチャンスのこと)を見つけてはサムズアップ(親指を上げてドヤ顔になるポーズ)。承認欲求が人一倍強いトランプはメディアからの批判や政治風刺家たちからの嘲笑の怒涛を受けると、今度は閣僚を毎朝招集してはいかに自分が素晴らしいかを全員に述べさせる様子を公開するというなんとも幼稚なことを始めたりもした。

27名の精神科医、精神分析医が集まり、トランプの言動や行動、そして時々舌が思い通り動かないような発声の様子などを参考に観察し精神異常の兆候と国主として核兵器の発射ボタンを任せることの危険性などを訴える本さえ出版された。精神異常への疑いがあちこちでささやかれる中、それを証明するかのような言動行動が徐々に何でもない普通のことのようになっていくのが恐ろしかった。

核兵器を使ってハリケーンを止める提案をしたり、コロナ患者には漂白剤を注射すればいいと記者会見の場で顧問の医師からの同意を得ようとしたり、リアルTVの延長かと思ってしまうペースで、自分に従わない側近はFBI長官であろうとも容赦なく次々と解雇してしまう(中にはあと一か月で恩給がつくというタイミングでも)ということが起きた。

トランプが次期政権を手に入れたとしたら、その暁に何をするのかは今なお続くバイデンの悪口と、カマラへのでっち上げの中傷の合間にこぼれてくる政策に関する発言を拾えば簡単に想像できる。想像できるだけならまだいい。第一期トランプ政権においてもトランプと密接な関係にあった政策の骨子をアドバイスしてきたとされる保守系シンクタンクのヘリテージ財団がまとめた、900ページにもわたるプロジェクト2025(事実上次期トランプ政権のマニフェスト)が示すとおり、独裁政治を行い連邦最高裁判所との連携で自分に対する判決と現行のいくつもの裁判を覆し、国主としての立場を一生維持することは間違いがないだろう。

そういった次期トランプ政権の危険性への認識をディック・チェイニーも動画で訴えていた。

トランプ就任以来、共和党はMAGAに乗っ取られ、共和党内さえも無法状態になっているのだ。トランプに反論する者もいるが、裏で脅迫されてでもいるかのように翌日には首をたれ、トランプの意向に同意するということを何度も繰り返しているベテラン上院議員もいる。たとえJan-6の議会襲撃で命の危険を体験していた被害者だったとしてもである。今なお明らかにされていない、獄中で死亡したある人物が墓場に持ち去った過去のできごとがもしかしたら裏側での脅迫に関係しているのではないだろうか、という憶測は私の中で一日たりとも消えることはない。


アメリカは正気を取り戻すことができるのか?

とにかく、勇敢な愛娘を支援するディック・チェイニーを動画で観ながら、私ったら涙がとめどもなくあふれてきた。裏切りや暴力、ののしりが多く、まっすぐ進もうとする人間に対する風当たりの強いこの世界でそれでも傷だらけの姿で立ち上がっては力強く自分を生きてきたリズを心から祝福した。

リズがここまでやってこれたのも、人知れず(立場的に難しいという理由もあるからだろう)後ろから後押しする父ディック・チェイニーの心からの声援に支えられてきたからだったんだと思うと、ああ、よかったと安堵の気持ちがあふれた。安心した。

アメリカはこれでほんの少しだけど正気を取り戻す一歩を歩んだといえるからだ。



民主党の潔癖性とこれからの世界

党内外にかかわらず民主党に対して誰かが反論したとしても命を狙われる危険性はない。民主党議員の中にはほんの少しセクハラの嫌疑をかけられただけで、実際にはセクハラでも何でもないのにあっさり責任を取って辞めてしまった将来を有望視されていた議員もいた。それほど民主党内では潔癖で正しくあろうという本人たちの意思と周りからの同調圧力が強い。ちなみにその同調圧力を一番強くかけていた民主党女性議員は大統領選に出馬したところ、その有望な議員を辞任に追いこんだことへの批判が多く糾弾され、今ではまったく表にでてこなくなってしまったという逆の同調圧力もある。

対幼児性加害容疑、人身売買への関与の容疑、前の職場での部下・生徒に対する性加害の容疑をかけられて裁判さえ展開しているような政治家たちが平気で議会での共和党内リーダー的立場についている。銃刀法改正を訴える高校や小学校襲撃事件の生存者に対し、でっち上げの嘘だと言いがかりをつけ追いかけまわすような議員がどんどん力をつけている様子は何とも嘆かわしいばかりだ。トランプ支持を謳う議員たちに乗っ取られてしまった共和党はまるで犯罪カルトにでもなってしまったかのような状況だ。

日本の倫理観から見ても、潔癖すぎるほどの民主党ははるかにまともだと思う。日本ならパワハラ・おねだり疑惑を告発された途端に告発者を解雇してしまうような知事が絶賛される世論など決して起きないだろう。民主党員に見るお上品さや潔癖さ、謙虚さが災いしてトランプの危険性や違法性を証明するのにこんなにも時間がかかっている。バイデン大統領は息子のハンターが共和党の必死の追及で訴追されてもそれを政治的攻撃と批難することなく、「法の裁きに従う」ことでことごとく法の裁きを反故にしようとするトランプとは倫理観が違うということを示してきた。

「相手が卑劣な手を使ってきても、私たちは高尚であり続けましょう」とは、国民からの支持が今なお強いミッシェル・オバマ元大統領夫人が2020年の大統領選で提唱した民主党側のスローガンだ。今回の大統領選では「それでは甘すぎる、敵を倒せない」と主張する人もいる。しかし、私はそれを弱さや甘さだとは思わない。

なぜなら私たち人類はもうそろそろ精神的な昇華をしなければならない時であり、そのためには決して卑劣になることを戦略として選ぶことが本当の意味での勝利にはつながらないからだ。

そろそろこの世界は他国のせいにして他国に攻め入ったり、他国の領地を我が物顔で占領するような時代遅れの栄華を追いかける時代を終わりにしなければならない。保身や権力拡大のためなら何でもOKにしてしまう欲望から卒業しなければならない。そのためには私たち一人一人ができることがある。それは自分の言動行動に責任をもち、うまくいかなくても他人のせいにせず、お金や権力・地位など社会が決めてきた優位性(差別)に必要以上の憧れや多大な価値を持たせないという確固たる意志をもって人生を営んでいくことだ。世界平和は私たちの内側にある平和な人生哲学からこぼれ出る、個々と全体の至福を目指した日々の選択の延長線上にあるのだから。



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