知識経済と覇権国家:グローバル経済の原点から考える
知識経済(”Knowledge Economy”) へのシフトが叫ばれてから半世紀以上が過ぎようとしています。そのスピードが加速したのが80年代後半から90年代にかけてだったように思います。その間、日本は過去の成功神話にこだわるあまり、教育や雇用制度の改革において、何一つ際立った成果を収めることなく、30年以上が過ぎ去りました。この状況で、日本人が現在に至るまで「批判的思考の訓練」「専門家教育」「成人教育」そして、これらの「教育投資に見合った雇用制度」に、真剣に取り組んでこなかったことが日本経済の未来を危うくしています。
この短いエッセイでは、最初に専門家教育と大学の役割についての議論を取り上げます。次に、欧米列強諸国が領地を拡大、植民地を維持してきた「帝国主義」と「グローバル化」には、社会科学も含む近代科学が大きな力を発揮したこと、そしてその力の源泉になったものが、宗教や伝統に縛られない思考を促す「批判的思考」であったことを解説したいと思います。最後に、近年、「知識経済」躍進の原動力となった新しい知的エリートが世界経済を動かしていること、日本人がそれに向き合わない限り、到底「イノベーション」を生み出せないと確信していることについて説明していきます。正式な論文ではないので、議論がまとまっていない箇所もありますが、皆さんが、自分自身の、そして日本の未来を考えるうえで、参考にしていただければ幸いです。
専門家の資質と役割
ロシアによるウクライナ侵攻が続き、戦闘は激しさを増しています。連日、日本でもTV等での報道が続いていますが、旧共産圏地域の政治、歴史、外交問題に詳しい専門家は少ないようで、同じ顔触れの専門家が各局をはしごしながら、解説を担当しています。そんな中、メディアでも自前で信頼性の高い情報を発信できるように、大学院卒業者を増やすべきではないか、との大学教授の意見がSNSで注目を集めました。
「一つの意見として聞いてください。今回の事態で、メディアの大切さが改めて実感されていると思います。日本のメディアが生き残りたければ、社員のレベルアップが必須です。今の日本の学卒レベルの政治・経済の知識で、現在の社会情勢に太刀打ちできるとは思えません。」
この意見に賛成する人々がいる一方、反対する人も数多くいました。特に驚いたのが「大学院で勉強しても現場では使えない」とか「金持で世間知らずのボンボン」「高学歴者の傲慢」とかいうステレオ・タイプの偏見です。現実は、野口悠紀雄教授他多くの専門家が指摘するように、グローバル社会はこの数十年「知識経済」に大きくシフトしており、日本と諸外国との格差は広がる一方です。
「低学歴国日本」の大学進学率は韓国の3分の2、なぜこんなに低いのか | 野口悠紀雄 新しい経済成長の経路を探る
知識経済及び専門家教育に対する日本と世界の乖離を表す重要な語彙が、英語のProfessionalです。実は、Professionalという語彙は日本語の「プロフェッショナル」とは、ずいぶん違う意味で使われることの多い言葉です。
Professional
辞書で調べてみると、日本でいうアマチュアの反対語の意味の「プロ」という意味以外には、以下のものがあり、日本以外では、主に「大学や大学院で高等教育を受けた専門家」という意味で使われることが大半です。以前は活発であった英語圏の新聞や雑誌のclassified ads(個人広告)欄で「家のシェアメイト」や「恋人求む」といった広告の条件で「Professional」という語彙をよく見かけたものです。
1. relating to work that needs special training or education:
2. having the qualities that you connect with trained and skilled people, such as effectiveness, skill, organization, and seriousness of manner:
3. having the type of job that is respected because it involves a high level of education and training:
この語彙が欧米で指しているのは、最低でも大学卒(殆どは大学院卒)の専門家でなければ企業で幹部候補生にはなれない現実です。階級制度といったものではなく、社会が複雑化し過ぎて、そういう人物でなければ、現代社会の諸問題を理解し、処理することが難しくなっているという世界の実情を表しているだけです。私も野口教授と同様に、日本のあらゆる分野でイノベーションが進まず、他のアジア諸国にも追い抜かれてしまったのは、高等教育の軽視と悪しき「平等主義」が招いた必然の結果だと思います。
大学院卒は「勉強だけ出来て現場では役に立たない」という意見も、日本人が大学院卒の学歴を持つ人を正しく使っていないだけだと思います。私が海外で見たのは、この言説とは真逆で、専門知識で武装した人が圧倒的に交渉に強く、学部卒の日本人は交渉の為の議論にも参加できない、という現実でした。しかも、日本では大学卒であっても、専門教育は2年間しかなく、そのうちの多くの時間が就職活動やアルバイトの為に使われています。
ちなみに、一般教養科目のない英国の大学の学部では専門科目だけを3年間学びます。また、私が卒業した大学院の学部生の勉強時間は学内の調査では週平均40時間でした。また、夏休みなどの長期休暇以外に何らかのアルバイト活動をしている大学生は例外的で、そういった学生は経済的な困難のため、そうせざるを得ず、学業に打ち込めないことが大学内で問題視されていました。
東洋経済特集号でノーベル経済学賞受賞者の吉野彰氏が脱炭素関連の国際規格を決める国際会議で日本には「交渉のプロ」がいないことを嘆いていました。担当官庁の官僚は大学院で専門教育を受けていない人が大半なので、交渉の場で優位に立つことは難しいと思います。
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近代科学と覇権国家
そして、歴史を振り返ってみると、欧米列強が科学の力を駆使して「帝国」を築いたのは、単に軍事力による支配だけではありません。ユヴァル・ノア・ハラリの「サピエンス全史」第15章「科学と帝国の融合」に詳しく書かれていますが、欧米列強国は他国の文化や社会を徹底的に研究する「地域研究」を始め、近代科学(人類学、社会学、地理学、考古学、経済学、言語学等)をフルに活用し、植民地経営を続けてきました。
サピエンス全史 下 :ユヴァル・ノア・ハラリ,柴田 裕之|河出書房新社
海外の研究者による「日本研究」も「帝国主義」がその出発点です。私は、日本の近代史や社会科学の知識は海外で、英語で勉強しました。日本人が日本語で書いた「日本に関する研究」よりも、自分の論文執筆には外国人による日本研究のほうが大いに役立ちました。理由は主に二つあったと思います。
①日本人なら見落としがちな視点から書かれている
②批判的思考に関する訓練を日本人研究者より多く受けているので、研究課題のフレームワーク作りが巧み
特に②に関しては、欧米式の中等教育を受けてこなかった、多くのアジア人学生が英語圏の大学で苦戦しているのを目の当たりにしました。
知識経済と批判的思考
帝国主義がその起源であったとは言え、何世紀にもわたる学問的積み上げがあるために、欧米の大学を中心とする研究機関は必然的に質の高い研究成果を出し続けることができるのだと思います。そして、欧米諸国の近代科学の発達と近年の知識経済の深化に欠かせないスキルが批判的思考力です。
ところが、内容が刷新された近年のOECDの学力調査で、日本の義務教育において、批判的思考力を養うための指導が大幅に不足していることが明らかになりました。経済協力開発機構(OECD)が、2018年に実施した学習到達度調査(PISA)で、日本の高校1年生の読解力は15位となり、8位だった2015年の前回調査から大幅に低下しました。新しい読解力テストには、複数の文書から、必要な情報を取り出したり、意見と事実を分けて考えるなど「批判的思考力」のスキルを問う問題が含まれていたからです。
日本の子どもの「読解力」8位から15位に急落――“PISAショック”をどう読み解く?
下記のようにOECDが定義する「読解力」は日本の「国語教育」とは、随分と趣旨が違うものであり、日本の生徒が好成績を残せなかった理由が理解できると思います。
<OECDの読解力の定義>
自らの目標を達成し、自らの知識と可能性を発達させ、社会に参加するために、テキストを理解し、利用し、評価し、熟考し、これに取り組むこと。
一方、AIやデジタル化の進化など、今後は更に知識経済が発展することを考えれば、日本の教育が今のままでよいはずはありません。青少年だけでなく、充実した成人教育の必要性がますます高まっています。批判的思考力を、確実に効率的に伸ばす方法が大学院などで更なる高等教育を受けることです。しかし、取り急ぎ「批判的思考」のエッセンスだけでも身に着けたいという人のために以下の講座を作成しました。
ワークショップ「批判的思考力を鍛える」第3回 6/18(土)20:00@オンライン|Global Agenda
教材を変更しながら、今後もワークショップを開催していきたいと思います。皆様の参加をお待ちしています。
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