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川崎クニハル
2021年2月13日 14:42
九、証あの日から、もう2年と4ヵ月の月日が流れた。坂の途中から見る風景は、あの頃と少しも変わっていない。『双葉荘』はあの頃の私にとって、一体何だったのか…何故私はあの不思議な体験に導かれたのか…もう一度、何かを確認したいと思うようになっていた。坂の途中に、当時と全く変わらぬ『双葉荘』の姿があった。道から見える二階のベランダ…雨戸が閉められている。懐かしさが胸に込み上げる…小さな石の階段を上がる
2021年2月13日 14:40
八、別離その後、私が双葉荘に留まったのは僅かに10日間。電気、水道、ガス、電話の解約、さらに家具の引き揚げもある。美江と話し合い、お互い暫くはそれぞれの実家に身を寄せることにしたのだ。この1年、2人の関係をどう進めていったらいいのか、お互い探り合いの状態が続いていたので、ちょうど良い機会だった。暫く別々に暮らし、良く考えた上で2人の次のステップを見出そうということになったのだ。外見上は
2021年2月13日 14:39
七、目撃者翌年の2月だった…この春、私は最後の舞台の仕事を終えることになる。コラムライターとしてのレギュラーの仕事が2本増えたのだ。思い切って執筆を仕事の中心にし、どこまでできるか挑戦してみようと決断したところだった。もちろん美江も賛成してくれた。いつもの様に2人でコーヒーと朝食を摂り、出勤する美江を見送ると、1人で残ったコーヒーを啜りながらひと息入れていた。そろそろ原稿に取り掛かろうかと
2021年2月13日 14:38
六、真実あれ以来、私と美江の関係はこれといって特に改善されることなく春を迎えた。2人の間から夫婦らしい営みはすっかり消え去ってしまっていた。かといって、ぎくしゃくとした気まずい生活が続いていた訳ではなく、2人の関係はいたって良好で、同じ空間を共有する親友同士といったところだ。徐々にではあるが、私のライターとしての仕事も増え続けている。先月には別の出版社から執筆依頼があり、こちらも隔週レギュ
2021年2月13日 14:36
五、新年時が経つということはそういうことなのだろう…身の回りの様々なことが変化し続けている…私のコラムの原稿は採用になり、暮れに発刊されたインテリア雑誌で私は初めてライターとしてデビューすることとなった。執筆活動にはペンネームを使った。コラム記事の評判はそこそこ良く、年明けを待たずに、社内の他のチームから執筆の依頼があった。美江の編集の仕事も順調だ。近頃彼女の頭の中はいつも仕事のことで一杯のよ
2021年2月13日 14:35
四、変化あれから、『彼』の出現は頻繁になっていった。今では週に2、3回は出会っている。もうすっかりお互い慣れてしまった。出会えば顔見知りなので『やあ』とばかり会釈は交わし合う。しかし、変わらずお互い音は届かないので意思の疎通は図れない。出会う場所は決まって我が家の一階と二階を繋ぐ狭い階段の途中だ。いろいろと考えてみた。別の世界、別の次元に同じ『双葉荘』という空間があって、『彼』は私と同じ様にそ
2021年2月13日 14:34
三、出会い再び...現在の仕事に就いて5年、舞台監督としてようやく一人前扱いされるようになった。監督とは名ばかりで映画で言えば助監督の立場である。演出家の意向を汲んで舞台回りの諸々の段取りを組み調整していく仕事だ。元々やりたかった仕事ではない。安定した収入が欲しかっただけだ。たまたまコネを掴んだ就職先がこの業界だったのだ。現場でもそこそこ信頼されるようになり、今ではどんな舞台でも全体を把握して
2021年2月13日 14:32
二、出会い暫く曇天や雨天が続いていたので心配したが、『双葉荘』への入居当日、横浜の空は朝から晴れ渡っていた。3月の年度末時期を控えて、私も美江も仕事が立て込んでおり、週末はほぼ塞がっていたので、初旬の平日に二人合わせて休みを取った。ほんの一駅の距離だ。運送屋の手伝いを借りて荷物の運び込みも午前中にはほぼ片付いた。美江と二人駅前で昼食を済ませると、まずは挨拶に隣を訪ねる…扉横の呼び鈴を押すと、3
2021年2月11日 09:21
一、 百葉今朝、妻と二人で実家近くの区役所に離婚届を提出してきた。2年もの別居生活中、幾度も二人で話し合ってきたが、やはりお互い別々の人生を歩もうという結論に達したのだ。二人には子供もいなかったし、特に憎しみ合っていた訳ではないので、円満な結論と言えるだろう。今や妻はコラムライターである私の担当編集者。夫婦としては紆余曲折あったが、仕事上では良き仲間である。届け出の後、もう妻でなくなった美江と