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その嘘、きっとばれてます


松本清張の「ゼロの焦点」を読む。

清張の小説は1行目にいきなり主人公の名前が出てくることが多い。
「ゼロの焦点」もその例に倣っている。

板根禎子は、秋に、すすめる人があって鵜原憲一と結婚した。


ヒロインの禎子は36歳の鵜原と見合い結婚するが、この鵜原、とにかく謎めいた人物だ。新婚旅行で、禎子は夫の言葉から、表情から、態度から、何か秘密めいたものを感じ取る。

「そうだね、歩いても近いが、荷物があるから、まあ車にしよう」
鵜原は答えた。前にきたことのあるような言い方であった。

「君は、若い身体をしているんだね」
(略)
夫は過去の女の誰かと比較しているのではないか。たしかにそんな言い方であった。

過去形で、禎子が鵜原を観察する様子が淡々と綴られる。清張特有のじとっとした文章。
とにかく最初の1行目から、読んでいて嫌な予感しかしない。鵜原に妻に言えない後ろ暗いところがあるのは間違いないのだ。
私は一応女性で夫のある立場だが、この新婚旅行のシーンでは、気付けば完全に鵜原の立場になりきり、手に汗を握りながら読んでいた。

鵜原、やめろ、余計なことを言うんじゃない!
その幸せを壊したくないなら黙ってろ!
ほら、禎子が、禎子が見てるじゃないか‥‥(ドキドキ)!

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私の夫は30代のころに禁煙をしている。
「健康のために、タバコやめたほうがいいんじゃない?」
私が言うと、夫はあまり気乗りしない顔をしながらも、
「うん‥‥そうやな、よしわかった!」
と禁煙をすることに同意した。

同意はしたものの、すぐにやめるのは難しかったようで、夫は私に黙ってよくタバコを吸っていた。
黙っていたのになぜ吸っていたとわかったのか。

夫はとんでもなく嘘をつくのが下手な人だったのだ。

タバコを吸う人は自分ではあまり気が付かないかもしれないが、けっこうにおいが染みついているものだ。
ある日タバコのにおいをさせて帰って来た夫に、
「タバコ、吸った?」
と聞くと、夫の顔色がみるみる変わった。

「‥‥‥いいや‥‥‥。‥‥‥なんで‥‥‥?」

目をそらしながら、蚊の鳴くような声で、こちらの反応を伺うようにつぶやく夫。
そんなに責める言い方をしたつもりはなかったのだけれど、夫にとってはものすごく後ろめたかったようだ。
完全にクロだ。


なんかちょっと面白かったので、翌日も全く同じことを言ってみた。
「タバコ吸ったでしょ?」
夫の反応は前日と全く違った。

「吸ってへんわ!!!」

こちらを見据えて大声で、それはもう堂々とした無実の主張。
吸っていないことはよくわかった。
「俺がどんなに我慢したことか!」
とまだブツブツ言っている。
ごめん、シロだったね。


しかし、ここまで嘘が下手な人も珍しいのではないか。
その後もあまりに嘘がバレるので夫が泣きついてきた。

「なんで、なんでわかんの!?教えて、お願い!!」

教えても何も‥‥電話でもわかるレベルだしね‥‥。わかりやすすぎてね‥‥。
おかげで夫の禁煙はほどなく成功した。

夫は40歳のとき命にかかわるような肺炎を経験しているので、もし禁煙していなかったら命が危なかったかもしれない。
この嘘の下手さが、夫の命を救ったと言えるかもしれない。


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先日仕事を終えて帰宅すると、誰もいないはずの自宅になんともいえない違和感を感じた。
朝私が家を出た時とはどこかが違う‥。
完全にしまっていないトイレのドア。
少し開いているバスルーム。
濡れている洗面台‥‥‥。

間違いない。夫がいったん帰宅して私が帰ってくる直前に外出している。

数時間後、ほろよいで帰って来た夫に私の推理を述べてみた。
「いったん帰ってきて、まず髪を濡らしセット。その後トイレに入って、N(自宅前にある居酒屋)に行ったよね。」

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。」

完全に図星だったようだ。(これは嘘ってわけではないけれど)
私のように思ったことをすぐに言ってしまう妻ならわかりやすいと思うが、違和感を感じてもすぐに言わず、ため込む人も多いのではないか。
(「ゼロの焦点」の禎子はまさにこのタイプ。)

違和感。

これが怖い。だいたい嘘って、この違和感でばれてしまうのだ。
何も言われなくても、その嘘、きっとばれてます。
世の旦那さん、彼氏さん、くれぐれも気を付けてくださいね。






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