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美容師との攻防戦

暑い。ダルい。やる気ない。
絶賛夏バテ中の私なんである。
物を書くのってエネルギーが必要だったのだなーと痛感する今日この頃。

あまりの暑さに耐えきれず、美容院に行って髪を切って来た。
この美容院には20年くらい通っている。

私は美容師と雑談するのがとても苦手だ。

通い始めてすぐの頃は、美容師がやたらと話しかけてきたのだが、私は雑誌に目を落として地道に話したくないオーラを出し続け、必要最低限のことしか話さないようにしてきた。しかし、美容師も負けてはいない。客と雑談するのはサービスだと学校で教わってでもいるのだろうか。雑誌を読んでいても、「仕事何してるんですか?」とか「今日はお休みですか?」とか本当にどうでもいい話をしてくる。

そんな美容師との戦いに疲れた私はふと思った。
担当者を指名すればいいんじゃな~い?

それまでは美容師など誰でもいいと思っていたので、予約時に「担当者のご希望はございますか?」と聞かれても「どなたでも結構です」と答えていた。結果、毎回違う美容師が担当となり、まったく親しくもない人とぎこちなく雑談する羽目になっていた。
担当者を指名すれば毎回同じような話をされずに済むだろうし、話したくないオーラを感じてもらえるかも。
試しに、毎回同じ美容師を指名してみた。

結果は―――――。

一か月か二か月に一回しか会わない人と親友のようにお話しなければならないという、さらなる地獄が待っているだけであった。
疲れた。
その美容師の異動をきっかけに、私は担当者の指名を一切しなくなった。


そんなこんなで、毎回違う美容師に担当してもらっていたのだが、ある時、ある男性美容師が担当になった。
年の頃は30代くらい、中肉中背、特に何の印象も残らないルックス。差し出された名刺には「ボス猿 ○○ ○」と書いてあった。なんだかよく意味がわからないが、ウケを狙っていたのだろうか。

ボス猿はめちゃくちゃ営業熱心だった。

おそらく独立開業をもくろんでいたと思われ、私のような担当者を指名しないフリーの客は格好の営業対象だったのだろう。それはもうものすごい勢いで話しかけられた。他の美容師は私の話したくないオーラに多少気付きながらも、何か話さないと悪いかな、というような感じの話しかけ方なのだが、ボス猿はもう私が話したくないオーラを出そうが、雑誌に集中してようが、知ったこっちゃないんである。

「接客業なんですか~。僕も接客業なんで、気遣いますよね~わかりますわかります!アハハ~夏休みどこかいきましたか~?子供の頃って親が必ずどこかに連れて行ってくれましたよねえ~。自分も子供ができて思いましたけど、ありがたかったですよね~ほんと親ってありがたいもんですね~アハハ~~!それで(以下略)」

ずーーっと話してる。

「なんか髪の悩みってありますか~?髪の量が多いとか~、傷みが目立つとか~?何でもいいんで相談に乗りますよ~」
この言葉、親切そうに聞こえるが舌なめずりしている人に話すのは要注意だ。人に悩みを打ち明けるのは、付け入るスキを与えるようなもの。
うっかりくせっ毛で広がっちゃう、と言ったら、
「ストレートパーマもいいんですけど、縮毛矯正のほうがまっすぐになりますよ~。ストレートパーマはすぐ落ちちゃうんですけど、縮毛矯正はほんとにまっすぐになりますんで~どうですか?ぜひ(以下略)」
延々と縮毛矯正を勧められて辟易した。

ボス猿、腕はなかなか良かったのだが、帰り際も、
「一か月くらい経ったらカットしたほうがいいんで~この辺りに予約どうですか~?」
と次回の予約を熱心に勧めてくる。いや、そんな先の予定わからないし、次回はボス猿以外の人がいいんだけど(言えなかったけど)……。
私はなんとかボス猿を振り切り、ようやく美容院を出ることができた。

強敵すぎる……さすがボス猿……。


数か月後美容院に行ったときは、担当がボス猿ではなくてホッとした私であったが、ボス猿は隣の席でご年配のご婦人の担当をしていた。
ご婦人はおそらく70歳前後と見受けられた。
「どういう感じがいいのかしらねぇ……。」
あまりこういうところに慣れていないのか、悩むご婦人にボス猿の軽快なトークがさく裂する。
「こういうのはどうですか~?お顔の感じがね、水原希子ちゃんに似てるんで、水原希子ちゃんみたいな感じ、似合うと思うんだけどな~アハハ~!」
「え、誰?」
「水原希子ちゃん、水原希子ちゃん知らない?」
「ちょっとわかんない。」
「わかんないか、わかんないよね~!アハハ~」
ボス猿とご婦人の噛み合わない会話が美容室に響き渡る。
わかんないよね、とか言うな、ボス猿。

シャンプー時もご婦人と隣になった。
「熱かったら言ってくださいね~!」
シャワーの温度を測りながらご婦人に話しかけるボス猿。
「熱くないですか~」
「ええ、大丈夫」
「かゆいところはないですか~」
「そうねえ、大丈夫だと思うけど。」
「気持ち悪いところはないですか~」
「気持ち悪いところ……そうねえ、どういえばいいのかしら……」

私はそれまでシャンプー時に美容師に何を聞かれても「はーい」「だいじょうぶですー」と流してきた。そして美容師も流される前提で聞いていたと思う。ボス猿もご婦人がここまで質問に真摯に向き合ってくるとは想定外だっただろう。
またしてもボス猿とご婦人の噛み合わない会話が美容室に響き渡る。
確かに気持ち悪いところはないですかって聞かれても困るよな。


ボス猿はその後しばらくして見かけなくなったが、念願の独立開業を成し遂げたのだろうか。
そしてご婦人はボス猿の店に通っているのだろうか。
そうであってほしい。
そして、ボス猿の店であの噛み合わない会話をしてくれてたらいいな、とニヤニヤする暑い夏の日。





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