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古い家【春景色】
その古い家の前で久しぶりに足を止めたのは、たくさんの雀たちが庭に立つ木の枝にとまり、賑やかに鳴き交わしていたからだった。
少し前まで枝ばかりだったその木には、凛としたたたずまいの白い梅の花が咲き、春の冷たい風に揺れている。雀たちは落ち着きなく梅の花咲く枝の上を跳ね回り、一定のリズムあるさえずりを響かせていた。
白い門の上を見れば、大ぶりな柑橘の実がなっている。秋に見た時にはまだ青かった実は、鮮やかな橙色に色づき、その重さで枝をしならせている。鳥が冬の間につついたのだろうか、ひとつだけ欠けている実があった。
雀たちのさえずりが一瞬止まり、あたりが静寂に包まれる。
庭は相変わらず樹々の陰になって暗く、落ち葉とギボウシで埋め尽くされ、木材やプラスチックの容器が乱雑に散らばり、奥には古びた家電が以前見た時そのままに置かれていた。
樹々の向こうに見える朽ちかけた家屋、ふさがれた縁側。やはり人の気配は感じられない。
あの可憐なスプレーマムの花は、もう見えなかった。
けれども私には、この古い家が春の訪れとともに、いきいきと動き出すのが感じられる。モノクロームのまま静止していた古い家が、鮮やかな色をまとい、時を刻み始めたかのように。
梅の枝の上で、再び雀たちがさえずりだす。
風は冷たいが、日差しは温かい。
寒き思いに我が身を抱きしめる者たちよ。
必ず春は来る。