「パンダ・小野田さん・雪男に会うのが夢だ」とか『ONODA 一万夜を越えて』
こんばんは
クラちゃんです。
会社を解散して早くも4か月が過ぎたわけでようやくたくさんの冒険物語を映画やアニメやマンガ、本などをたくさん浴びて過ごす時間ができたのですが、実際にはこのご時世で
#またこの言葉つかいますが
冒険には出れてないな、と。冒険(いや旅行か)に出るまでお小遣い少し取っておかなくちゃな。
ONODA 一万夜を越えて
映画も結構観ているのだけど久しぶりにちょっと思ったことを残しておきたい作品なので記します。
『ONODA 一万夜を越えて』を観ました。
わたしは1970年生まれなので、横井庄一さんがグアムから帰ってきた1972年も今回の映画の小野田寛郎さんが1974年にフィリピンから帰って来た時も生まれてますが幼かったし、さほど興味もなくここまで来てしまってあまりよく知りません。
#なんなら2人がごっちゃになっていた
この映画は3時間ほどある長い作品ですが、フランス人の監督が観た新しい視点のサバイバル映画のような、1人の半生の物語に仕上がってました。
物語の展開も魅力的です。
主演の小野田さん役を年代で入れ替えて2人でやられているのも不自然さがなくて良かったですし、谷口役のイッセー尾形さんはさすがの存在感、冒険家の鈴木さん役の仲野太賀さんも良かったです。
物語は終戦間近の1944年、優秀な兄弟とのコンプレックスや空軍への挫折を抱えていた小野田は、谷口という教官に出会い、秘密戦の特殊訓練を受ける。当時体を張って国につくす教育がメインだった世の中で彼らは「君たちには、死ぬ権利はない」と言われ必ず生き延びなくてはならなかった。
過酷なジャングルの中で食糧も不足して飢えや病気で次々と倒れていく中、終戦も知らされない中、いつか必ず救援がくると信じて…
何で逃げ出さなかったのだろう
戦後何十年も経って、かすかな情報も入ってくる中で彼はなぜ逃げ出さなかったのだろう?
観る前はそう思ってました。
終戦間際の劣勢が続く中、士気が落ちている隊員もたくさんいました。
何のために?いつまで?
それぞれ自分が信じるものを心に置いてやってきたのだと思いますがあの状況で自分を奮い立たせるにも限界があったでしょう。
それに引き換え、小野田さんは秘密戦の教育を受けていましたから『自分の頭で考えて動き、自分自身が自分の司令官になれ』とにかく生き抜く事にミッションを置いていたので、ついて来てくれる数人を率いて戦いを続けます。
お国の為に死ぬのではなく、とにかく生きぬけ!なのです。
究極状態の時どうするか?
でもどちらかと言うと戦争時代ではなく、人生の究極体験部分を描いている作品だと思いました。
数人の隊員が戦後もしばらく共に行動するのですが、ちょっとした気持ちのぐらつきが仲間によって助けられたりまたはダメになったり、または自分が詳しい事を互いに教え合ったり、ふとした緩みで怪我をしたり命を落としたり。
時代は関係ないかもしれないです。
この現代にも未曾有な出来事が起きていますし、きっとこれからも。
ちょっと自分達に落とし込んで考えてみてしまったり。
「パンダ・小野田さん・雪男に会うのが夢だ」
究極のところ、自分に与えられてしまった価値観、教育、信頼してしまった人からの教えを自分で打破するのは、本当に難しいことなんだなと。
大人になって間違いと気がついても考えを変えられない人がたくさんいるのは仕方ないのでしょうか。
いくら自分自身の司令官になれと言われても、自分の頭で考えてと言われても、価値観が根っこの部分で変わらないのであればそのままです。
あの時代の人達で、それに苦しんだ人も教育が習慣がそうだから。
最後の方になって、実際小野田さんと最初に接触をした青年、鈴木さんが出てきます。
映画の中で彼が戦後の自由な生き方の象徴のように出てきます。
冒険家の彼はこう
「パンダ・小野田さん・雪男に会うのが夢だ」
と笑顔で言うのです。
パンダには会った、そして小野田さんにも、と無邪気に笑いタバコを差し出します。
小野田さんは自分の教官であった谷口さんが命令しないと帰国できないと。
映画ではもう軍人ではない谷口さんを探してフィリピンまで連れて行き、ある意味茶番で納得させて連れ帰るのでした。
#映画のストーリーだけで知った話なので事実と異なることもあるかもです
そのとき51歳
小野田さんが帰国したのは1974年で、彼は51歳。
30年もの間、彼は戦争を続けサバイバルな生活を送っていたのです。
自分の事で当てはめれば、学校を卒業して30年靴屋でしたけどこの期間まるまるジャングルだったら…
#ここで置き換える話じゃないかもですが
思わず帰りの電車で、その後の彼の人生をwikiで調べてしまいました。
時間はかかったようですがその後の人生もいろいろあれど長く続いたようで良かった。
#気になったら調べて
わたし達はその時代の後、基本的には自由に選べる人生を送っているはず。
自分で勝手に不自由な人生にしてしまっていないかしら、なんて思いながら帰ってきました。
鈴木さんのように野生ではないけど、若い頃、元気なパンダを中国で見に行ったな、なんて思い出しました。
#また色々行こうかな
ではまた