進歩した人類
人類が火星へ移住を始めてから数十年、ついに私が火星に移住する日がやって来た。
昔からよくある未来のパターンとして言われて来たが、地球は人口増加や気候変動が激しくなり、荒廃が目立ってもはや住める環境ではなくなった。わがままにも程がある。移住政策が始まると荒廃にも拍車がかかり、荒廃の速度は日を追うごとに増していった。
富裕層から順次火星に移住が始まり、ようやく私も出発できる手筈が整った。それが今日だった。
地球を離れる。寂しいなどの感情は特になく、一刻もはやく緑の美しい火星に住みたい気持ちで一杯だ。地球の緑と言えば、軌道エレベーター付近に残ったわずかな緑が過去の地球を感じさせる。
軌道エレベーターを登ると準宇宙空間から宇宙へ飛び立つ港がある。ここから火星へ旅立つ。
ふと物思いに耽る。人類は進歩したのだ。教科書で見たような宇宙服に憧れていたが、今は宇宙空間の船外活動でも薄着なので物々しい雰囲気と可愛さは無い。
(昔の宇宙服)
(現在の宇宙服)
火星では国家がなくなり、共通言語や共通通貨により経済発展は爆発的に進行し、技術発展も指数関数的に早くなった事で移住もスムーズになったのだ。全ての人種が交わり治安も非常に良くなった。早く美しい火星に住みたいなぁ。移住先は今頃桜も美しい季節だろう。
空港から地球の景色が見える。何が何だか良くわからなくなった地球の景色だ。この景色で地球の風景が見納めかと思うと今更寂しくなってきた。人間は土壇場になってから気分が良く変わる所は進歩していないのかもしれない。
未来を考えて搭乗手続きを済ませ、出発した。色々な思いが交差する宇宙空間への旅立ちになった。
火星への航法は、アルフォンス社所属の物理学者デビッド氏が発明したワープ航法だ。船の前部の空間を縮め、後部を拡張させる事で瞬間的推進力を得られる。リニアモーターカーの様なイメージだ。
とはいえ火星へ行くのに1時間はかかる。いつの日か瞬間移動できるようになると良いな。
しばらくして火星に着いた。なんだか都市部はギラギラしていて嫌だなあ。
プロガノケリスの新曲「コップの中の戦争」がお気に入りだ。そういえば戦争はここ数百年起きていない。治安維持が秀逸で経済活動に無駄な戦争はなくなった。軍隊や兵器、戦闘機等は資料集でしか見たことがない。
曲の終わり頃に新しいマイホームに着いた。桜がちょうど満開だ。今日からここで穏やかに暮らすのであった。
旅の疲れもないのにぐっすり寝た。
翌朝自動歯磨き装置が洗面台に戻るのを確認すると、とんでもないニュースが視界に飛び込んだ。
はるか西にある未開拓エリアから巨大な生物が出てきたとの事だ。
自然現象であれば観測から予測も可能だが、生物となると全く予期できない。ましてや安心して経済活動が行われていると思っていただけに恐怖より現状が理解できず、感情が出てこない。
生物は街へと進み、形を変えながら破壊活動を始めている。闘う兵器も持たなくなった今、どう対処すれば良いんだろう?
急に空が騒がしくなって来た。あれは資料集で見た事のある地球の戦闘機ではないのか?
闘う兵器の類は無くなったんじゃなかったのか?
かすかに地鳴りのような音が続き、夕食前には静かになった。こんな事態でも避難案内もないので飼っているラマと遊んでいるうちに夕方になった。
さらに翌日のニュースでは巨大生物は駆逐されたとの事だった。なんだか呆気ない上に野蛮だなぁ。
さらに新しいニュースが来た。穏やかに暮らしたいと思った矢先に次々に情報が届いて頭の整理ができない。
ニュースによるとさらに生物が現れて一つの街が壊滅状態だそうだ。確かに生物だったら1匹だけとは考えづらいし、何よりこの地はそもそも彼らの土地なのではないのか?
さて、どうしたものか。
ひとまず今後のことについて友人知人とあれこれ話した。
まさか戦争になるなんて。しかも人間でないとは言え、元々住んでいた生物と争うなんて。和解や共存はできないものか?
人類は進歩していなかった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?