料理と真摯に向き合うこと
先日マレーシアの友達がFacebook上にて、「Western foodは本当に早く作れるから、最近はWestern foodばかり作っている lol」みたいなことを書いていて、いやいや何言ってんだ君!って書き込みたかったところをグッと堪えた。しかし言いたいことを言わないとかえって疲れる気がしたのでここに書く。
私は声を大にして言いたい。あなた何言ってんの!!イタリア人とか、どんだけ時間かけて夕食作ってると思ってんの!夕食のために1日が始まると言っても過言ではない。(イタリアはスローフード発祥の地であること、本当にうなづける。)
やや怒り口調なのは、私はそもそも時短レシピというものが嫌いなのだ。あの類のもので成功した試しがない、というか表面上よく出来ているようで、やっぱり時間をかけた方が美味しいなーって、食材を無駄にしてしまったような気がして、後悔してしまう。だいたいレシピのタイトルの次に所要時間が書かれている。あと材料準備時間。(準備時間っていつも謎)もちろん火を通す時間が短い方がいい料理、野菜とかお肉とか油とかはあって、(中華料理などその類)そういう本来その食材の持ち味を出す方法ならばいいのだが、本当は長くかかるところをショートカットみたいなものがどうも解せない。確かに現代人は忙しい。情報量が多いから、その分早くその処理をしなくてはならない。私もそう。子育てもしてる。寝る時間が減る。しかしこれは単に私の譲れない部分なのだ。押し付けるわけではないけど、もし賛同する人がいたら勧めたい、食は毎日の営みの中で最優先事項だと。
辰巳芳子さんの寄稿文でシェーンハイマーという生物学者の言葉を紹介していた。
『食べたものは瞬時に分子レベルと入れ替わる』
これは彼女も元々、福岡伸一さんの本で知ったそう。私はこの言葉にハッとさせられました。彼女は母親が日本の料理研究家の草分けだった辰巳浜子さん。しかし元々は勉強が大好きで、料理が好きだったわけではないそう。しかしこの言葉で多分彼女の頭の中で、事象の根本を掘り下げる意欲と料理が重なり合ったんだと思う。
「食べものはただのカロリーや生きるためのガソリンではなく、命の元であるということに気づかされたのです」
おそらく何度も起こったダイエットブームの波がどんどん社会に根付いて、食べるときにカロリー計算を執拗に行う、またそういうレシピが蔓延る、そしてサプリメントの普及。私は直感的にそういうのが不自然だと思ってた。
「料理とは、ものの質と質との出会いを喜ばしい方向に持っていく、人間の最もクリエイティブな営みのひとつ。直感的にものの本質をひとつにすることが、料理なのです。百錬自得と言いますが、365日料理をすることで自ずととものの本質を見抜く力が備わります。(省略)料理と真摯に対峙することは瞬発力や判断力も養い、力強く生きていく力にも繋がると、今では確信しています。」
この言葉は、イタリアに行くようになって気づいたことのひとつを思い出させる。それは、彼らは基本的に海のものと山のものを一緒に料理しない。例えば、海老にチーズなどかけない。貝とチーズを合わせない。海老や貝が海産物で、チーズが山のものだからである。チーズを合わせて料理するものは肉か野菜だ。ところがどうだろう、日本ではそういうピザが存在する。(とにかく日本のピザのあけすけなことったら無い)イタリア人はそういうことを頭でいちいち考えているのではなく、そういう感覚を持ち合わせている。「海老とチーズ?気持ち悪い。」多分それはものの本質や自然の原理というものが彼らに少なからず根付いているんだと私は理解している。日本だって本来そうだったんだと思うけど、アメリカのものが入ってきたり、料理と真摯に対峙することが出来なくなってしまったんじゃないかな。
「都会に住む忙しい人ほど料理をして欲しいと感じています。なぜなら都会での生活では日常的に自然を感じることが難しいからです。」
料理をしていて自然を感じること、季節を感じること、今はなかなか難しい。スーパーとかで野菜を買ったり外食をしているとなおのこと難しい。そういえば、この状況下で外出者が減り、みんなが財布の紐が硬くなっている中、近所の小さい八百屋さんはさぞかし大変だろうと思いきや、「在宅勤務の人が多いので、以前より売れている」とのこと。(豆腐屋さんもそんなことを言っていた)こんなきっかけだが、みんなが(私もそうだが)もっと季節を感じながら料理をして、食べることに重きをおいてくれたら、生活がいろんな意味で潤うと思う。
先日、近所のオリーブオイル屋さんから、知り合いの農家さんからのお裾分けのアーティーチョークと空豆をいただいた。見惚れる。アーティーチョークはやっぱりイタリアの方が美味しいのだが、空豆の甘くてホクホクして美味しいこと。居酒屋とかで薄皮をぺって捨てたくなる空豆があるけど、これは全然違う。この店主もイタリアの田舎暮らしが長い人で、じっくりと実直に食材と料理と向き合う人。私は彼女にオレンジピールを1週間かけて作る方法を教えてもらった(やっぱり全然味が違う!)彼女につくお客さんはそういうことへの理解者が多いようで、地味だけど今彼女の知り合いが作るオリーブオイルは結構売れているようだ。(それに本当、あれはオリーブのジュース。)おそらくこの緊急事態宣言下、じっくり台所で食材を見つめている。
いただいた贅沢な野菜を使って私が作ったのは、アーティーチョークの牛肉詰めと、空豆のペコリーノチーズあえ。シンプルなのが一番。(もう一度いうが、時間をかけて作るって、なんか試行錯誤して作り込むって感じではない、野菜やお肉の美味しさを引き出す一番のやり方ってこと)アーティーチョークって、鶏肉よりも豚肉よりも、やっぱり牛肉があうって感覚でわかる。あと空豆にはパルミジャーノじゃなくて、やっぱりちょっとペコリーノなのよね。なんでだろう、うまく説明できない。(あとCarciofi alla giudiaというのも作った。その名も「ユダヤ人のアーティーチョーク」これはローマのゲットーでユダヤ人が作り始めたと言われるアーティーチョークのフリット。アーティーチョークをお花みたいに広げて揚げるだけ)
※レシピ
アーティーチョークの牛肉詰め (i carciofi ripieni)
<材料>
・アーティーチョーク
・牛肉 (自分でミンチにする)
・卵
・パン粉(硬くなったパンを削るのがベスト)
・玉ねぎ(みじん切り)1個分
・野菜のブロード(人参、セロリ、ズッキーニ、玉ねぎで作ったもの)
・オリーブオイル
1. アーティーチョークは外側の葉っぱをむいて、茎は平に置けるように切って、お花みたいに広げる。フライパンで蓋をして少し蒸す。
2. それ以外の材料を混ぜて、アーティーチョークの中に詰める
3. 少しオリーブオイルをかけて、オーブン180度で30分ぐらい焼いたら出来上がり。
空豆のペコリーノチーズあえ (Fave con pecorino)
<材料>
・空豆
・ペコリーノチーズ
・バルサミコ酢(白)少々
・オリーブオイル
1. 空豆をさやごとグリルで焼く
2. オリーブオイルとバルサミコと空豆をあえる
3. ペコリーノチーズを上からすって出来上がり
そういえば2年前、うちの庭でアーティーチョークの種を植えたら、生えてきたんだけど、なんだか忙しくて放っておいて忘れた頃に出来たものだからか、なんだか荒々しくて強そうで毒持ってそうな感じのアーティーチョークになった。夜に人を食べそうなアーティーチョークだった。今思い出すだけでも鳥肌立つし、そしてごめんよ、って思う。そのまま彼は虫が湧いて枯れた。
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