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エッセイとイタリアからのおいしいもの

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日々の何気ない事柄、ふと道で思いついたことを書き綴っている、そのエッセイとともに繰り出されるイタリア料理のレシピ。色々と考えていると結局何かおいしいものにたどり着きます。Prim…
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#エッセイ

りんごとバターと砂糖のにおいが立ち込める部屋での1日

また雨に閉じ込められてしまった。我が家は角地なので、余計に四方を水責めされているような感覚に陥る。こういう雨の壁って、通り抜けても通り抜けてもまだあって、地獄にもし入ったら、死んでも死にきれないってこういう感覚と似ているのかなーと想像が飛ぶ。そしてこんなときに限ってラジオからは「帰って来た酔っ払い」が流れる。私の中にはおそらく自分にも見せられない不安がきっと一日中くすぶっていた。 「雨に唄えば」みたいな明るさで雨の中を楽しめるのは、心に余裕があるときだと思う。それに昨日はと

11種のハーブ酒

 私の子供にはジブリ映画(イタリア語版)ばかりを見せているのだけれども、一番好きなのはどうも「魔女の宅急便」続いて「紅の豚」「崖の上のポニョ」。一番楽しそうなのはダントツ「魔女の宅急便」。もう始まった途端、あの緑いっぱいの草原でキキが頭の後ろに手を組んで座っているところから、表情が晴れる。そしてキキが実家から飛び立って、ユーミンが歌う「ルージュの伝言」が流れる出すと満面の笑顔で見始める。小さい体をリズムにのせながら。  私の知人のイタリア人は結構の確率で 「キキの街は絶対

Formaggioの作り方

 いつも私が使っているイチョウの小さいまな板がある。これは私の実家の銀杏の木を切らなければならなくなった時に、父が切って、やすって、きれいにしたものだ。あの木はいつも2階の私の部屋から見える、本当に黄金に輝く、何か大きい浮遊体のようだった。父が幼い頃、昔はとても深く見えた、あの森で苗を見つけて、家の庭に植え替えたものらしい。(しかしその話は父本人が覚えておらず、誰が言ったのか、我が家に伝わっている話なだけで、真相は藪の中なのである。)  母は、父の思い出の木なんぞを感傷的に

シャドーワーク・サンドバッグ打ち

 昨日、洗濯を取り込むのを忘れてしまった。夫も気付いてくれなかった。幸い今日までかんかん照りだったので、朝に取り込んでもまだ、洗濯物は太陽の匂いがした。  最近よく聞くようになったシャドーワークという言葉。いわゆる「名も無き家事」である。こういう言葉が生まれて本当によかった。自分の行っていた細かな「何でもない事」が、少なくともカテゴリー化されることで、「何でもある」ことに昇級したから。子育てに勤しんでいる人もそうでない人も、これで気持ちだけでもホッとした人が多かれ少なかれい

涙の理由

 電車通勤がなくなってから、イヤホンを耳にしなくなった。私はいつもラジオを通勤中に聞いていたのだけれども、イヤホンは耳に悪いし、そもそもベビーカーで子供を連れながらのイヤホンは危なくてしていられない。なのでここ2年ぐらいはずっと、自分の聞こえるレベルの音量でラジオをかけ、流しっぱなしでバッグの中に忍ばせている。近所を歩くときだけだけれども、迷惑だろうか。自分としては、そんなに喧しいラジオを聞いているつもりはないので、迷惑にならない程度にかけていると思っている。それに私は歩くの

幕開け

 ベランダのプランターで房なりに育ったトマトが、赤く色づいてきた。友人は自分の子供にそれを指差し「しゅうかく」という言葉を教えようとしていた。1歳10ヶ月なのに助詞も正しく使うほどよく喋れる子で、小学生の頃に読んだ「天才えりちゃん、金魚を食べた」という本を彷彿させる。お母さんが、地味ながらも丹念に子供に話しかけをしているのをよく見ていたし、ご両親共々才能のある人たちだから、他人の私まで期待を寄せてしまうような女の子である。いつも綺麗な色のふわっとしたスカートを着て、あのウィス

一面葡萄畑の中で

 縁の下がいっぱいになっていたので整理していたら、最近久しく見ていなかったボトルのガラス容器が見つかった。中にはやや緑がかった黄色の液体が入っている。なんだっけ、これ。梅酒は別の容器に入ってるしな。梅酒が変色しちゃったのかしら。それともずいぶん前に作ったリモンチェッロ??  これは果たして飲めるものなのだろうか、夫とおそるおそる飲んでみる。夫はそんな忘れ去られているものは腐っているものに違いないと、かなり試飲に抵抗していたが、無理やり付き合わせる。最初はリモンチェッロだと思

感情が見える人

 最近の自粛生活になって良かったことの一つとして、庭の植物に水を朝と夕1日2回あげられているということがある。出勤しなくていいから朝に余裕があるし、夕方日の暮れる前には家にいてご飯を作っているから、それらのタイミングにプランターや庭に水をやれることは植物たちにとってすごく良い。だからいつもは咲かない花が咲いたりしたのかも知れない。(3年前にもらったカーラーがいきなり咲いた話)  家庭菜園がうまくいっているのは、我が家の日当たりがいいせいでもあるけれど、けれどなんとなく、なん

暑いけどクーラーを使わなかった日の話

 子気味のいい音がする。窓の外からだ。ちゃっちゃっちゃっちゃっちゃ。今日は隣の空き家に庭師さんが来ている。立派な大きなお庭で、松とかも馬の毛並みみたいに艶のある幹だし、最近はツツジ、3月ごろは蝋梅が良かった。近所に住んでいるらしいこのお家の娘さんが、家主亡きこの家にたまに庭師をよこす。風は気持ちいいけど、少し身体にまとわりつくような風になってきた。けれどまだリズミカルにハサミは鳴る。チャッチャッチャッチャっチャ。とろーんとまどろみ。そうだこの音はいつも私をうとうとさせるのであ

Casa dolce casa

 義母は普段はローマに住んでいるが、よく実家に帰りたがって1ヶ月の半分ずつ2都市間を行き来している。電話をすると良く実家にいることが多い。 「今日は屋根にあれがいたのよ、あの鳥。なんだったけあの名前は・・・思い出せないわ。とにかくいたのよ!あの大きいのが!」 「お義母さん、Gabbiano(かもめ)でしょ?」 まるで初めて見たかのように彼女はいつも言うのだが、おそらく今回もかもめだろう。日本で自分の家でかもめを見かけたら相当驚くが、港町ではそう驚くことではない。なのに義

Aprile

 もう5月も末だが、今日はAprileについて語りたい。4月、エイプリルはNanni Moretti(ナン二・モレッティ)監督の映画である。私はナン二・モレッティのわりと初期の映画が大好きで、DVDで何回も見る。彼の映画は「息子の部屋」や「ローマ法王の休日」などが有名かもしれないけれども、昔の方がなんとなくしがらみがなく自由に素直に作っている感じがする。映画にはどれも彼自身が出ていることが多く、それもヒッチコック的なカメオ出演ではなく、ウッディアレンのように主役を自ら演じるこ

結婚主義〜恋愛主義〜それから

 今日は結婚記念日。厳密にいうと入籍をした日で、結婚式を行ったのは12月。なので私たちの両親たち(日本もイタリアも)は5月に入籍したことなんか覚えていないだろうし、私たちもどちらが結婚記念日というべきかいつも決めかねてのらりくらり、たまに忘れている時もある(やはり式がないと実感がない。当人たちが実感がないので誰もそんな実感ない)、もうサラダ記念日とあまり変わらない。とにかくその記念日だった。  結婚なんてつい六年前ぐらいは考えていなかった。そういうパートナーもいなかったし(

La torta di limone (レモンのケーキ)

 昨日は子供の一歳半記念だったので、レモンのケーキを焼いた。最近What'sappを始めた母にその写真を送ったら 「いつもそういうもの作ってるけど旦那さん太らない?」 というメールが返ってきた。孫への祝福の言葉も無かったことに加え、私のケーキの出来栄えに関する反応がそれのみでやはりちょっと嫌な気持ちになった。  やはり、というのはこれは彼女のお決まりの反応パターンなのである。安直な言葉で言ってしまえば、彼女は少し変なのである。私は表現の使い方が違うことを重々承知で、これ

なんてDolce!(さつまいものガトーショコラ)

 マスクをする生活になって残念なことがある。子供に対して私の表情がわかりにくくなったことだ。それにせっかく話しかけても、多分聞き取りづらい、それに話している時の口の動きを見せてあげることができない。これは子供の言葉の発達に酷く悪影響なのではと、気になっている。  しかし、外でもマスクを致し方なく外す瞬間が最近2つある。子供にたんぽぽの種を吹いて見せる時と、シャボン玉を吹く時だ。今子供と遊ぶ手段が限られている中、毎日の日課になっている。  この家に住んで3−4年になるが、最