118)中鎖脂肪酸とドコサヘキサエン酸は認知症を減らす
体がみるみる若返るミトコンドリア活性化術118
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【認知症が予防できる根拠】
「認知」というのは、理解や判断や論理といった知的活動を総称する用語です。「認知症」というのは単一の病気ではなく、共通の症状(進行性の認知機能の低下と、それによる日常生活の混乱)を呈する疾患群をまとめた呼称です。
認知症では物忘れにみられるような記憶の障害のほか、判断・計算・理解・学習・思考・言語などを含む脳の高次の機能に障害がみられます。
認知症は進行すると仕事や日常生活に支障をきたすだけでなく、人格が崩壊し、人間としての尊厳が失われる点で非常に悲惨な病気です。認知症と診断されることは、本人だけでなく家族にとっても大きな精神的かつ経済的な負担になります。
人口の高齢化とともに認知症の患者は年々増え続けており、社会的な問題にもなっています。最近の調査では、日本の65歳以上の15%、約500万人が認知症と推計されています。世界の認知症の有病率は2050年までに現在の約3倍になり、1億5200万人を超えると予測されています。
認知症は様々な疾患で発症します。認知症を引き起こす原因として最も多いのがアルツハイマー病(アルツハイマー型認知症)で、その次が脳梗塞や脳出血などの脳血管障害の後遺症(血管性認知症)です。アルツハイマー型認知症と脳血管性認知症はしばしば混在しています。つまり、共通のリスク要因と保護要因が存在することを示唆しています。
アルツハイマー病と血管性認知症には、遺伝性要因や血管病変や代謝異常や生活習慣など様々な要因が絡んでいます。長い前臨床期間(無症状期間)があることから、それらの要因をターゲットにして早い時期から予防に取り組むことができます。物忘れに気づく前から、日頃から、認知症にならないように気をつけることが最も重要と言えます。
アルツハイマー病のリスク要因として、糖尿病、中年期の高血圧、中年期の肥満、運動不足、抑うつ、喫煙、低学歴が知られています。これは、生活習慣と食生活の改善でリスクをかなり低減できることを示しています。
保護的に作用するものとして、オメガ3系不飽和脂肪酸、抗酸化剤、ビタミン、地中海式料理などが知られています。ケトン食や中鎖脂肪酸の摂取も認知症の予防効果が指摘されています。
精神・心理的要因としては、孤独、抑うつ、社会的孤立、精神的ストレスは認知症のリスクを高めます。一方、高学歴、運動、社交的活動は認知症を防ぐ効果があります。
【ブドウ糖の多い食事は認知症を増やす】
糖尿病は1960年代くらいまでは極めて稀な病気でしたが、現在では5人に一人が糖尿病あるいは糖尿病予備軍と言われるくらいに増えています。糖尿病はがんの発生率も高めます。さらにアルツハイマー病の発症を促進する要因であることも明らかになっています。
高血糖や糖尿病は様々なメカニズムで認知症の発症を促進します。高血糖/糖尿病は脳動脈硬化を進展させ、脳梗塞や潜在的脳虚血を引き起こして血管性認知症の原因になります。
グルコース(ブドウ糖)はタンパク質に結合して糖化タンパク質を生成します。体内で生成した糖化タンパク質はその後分解して様々な低分子物質が生成します。これらの物質を糖化最終生成物と言います。この糖化最終生成物という物質が、さらにタンパク質を変性させ、炎症や酸化ストレスを高めて老化を促進します。
さらに、高インスリン血症がアルツハイマー病発症に関わることが指摘されています。アルツハイマー病は脳にベータアミロイドといタンパク質が凝集して老人班を形成し、神経細胞を破壊することで発症しますが、インスリンはベータアミロイドの分泌を促進し、その分解を阻害することが報告されています。その結果、脳内にベータアミロイドが過剰に沈着して神経細胞の傷害を引き起こすと考えられています。
インスリン分泌は糖尿病になる前の糖代謝異常の段階で最も高くなります。つまり、糖尿病を含む糖代謝異常の状態は、脳にベータアミロイドが沈着しやすい状態だと言えます。
【認知症は食事や生活習慣で予防や治療できる】
身内に認知症がいる場合は、認知症を予防することを実践することが大切です。たとえば、魚の油に含まれるドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)、野菜や果物などビタミン・ミネラルやポリフェノールの多い食品の摂取は認知症の発症率を低下させることが知られています。逆に白米など糖質の多い食事は認知症のリスクを高めます。
地中海食はアルツハイマー型認知症の発症率を減らすことが報告されています。野菜や魚の多い食事がアルツハイマー型認知症の発症を減らす可能性が指摘されています。
肥満や糖尿病やメタボリック症候群は動脈硬化を促進して脳血管障害の発症リスクを高めます。糖尿病やメタボリック症候群がアルツハイマー型認知症の発症率を高めることも報告されています。肥満や糖尿病やメタボリック症候群はカロリー制限や糖質制限など適切な食事で改善できます。ケトン食はこれらの疾患を短期間に改善することが多くの臨床試験で確認されています。
福岡県久山町の住民を対象に行われている疫学調査の「久山町研究」でも、糖尿病が脳血管性とアルツハイマー型の両方の認知症の危険因子であることが示され、最近の認知症の急増は糖尿病患者が増えていることが要因になっていると指摘されています。
久山町の追跡調査では、牛乳・乳製品や大豆製品・豆腐、野菜などを多く食べ、ご飯や酒類が少ない食事パターンが脳血管性とアルツハイマー型の両方の認知症の発症リスクを半分程度に低下させることが明らかになっています。また、運動も認知症の発症リスクを低下させます。
【ケトン食はアルツハイマー病の治療に有効】
ケトン体は脳神経のエネルギー代謝を良くし、活性酸素や炎症から神経細胞を保護する作用があるので、ケトン食はアルツハイマー病やパーキンソン病や脳卒中等を原因とする脳神経細胞障害の進行抑制に利用されています。ケトン食が認知障害の改善に有効であることが多くの臨床試験で示されています。
例えば、軽度の認知障害のある23人(男性10人、女性13人:平均年齢70.1±6.2)を対象に、高糖質食と低糖質食の2群に分けて6週間の食事療法を行った研究があります。(Neurobiol Aging 33(2):425.e19 – 425.e27, 2012年)
実験の結果、低糖質食のグループでは、言語記憶能力の統計的有意な改善を認め、さらに、体重、腹囲、空腹時血糖、空腹時インスリン値の統計的有意な減少が認められました。
血中ケトン体値は記憶力の改善と正の相関が認められました。つまり、ケトン体の濃度が高いほど記憶力が良くなったということで、食事性のケトーシスが認知障害を改善するという結果です。ケトーシス(ケトン症)は血液中にケトン体が増えた状態のことです。
この研究の結果は、アルツハイマー病の発症リスクの高い軽度認知障害をもつ高齢者に対して、6週間という短期間の食事(低糖質食)の介入だけで記憶力の改善ができることを示しています。
認知障害の改善の作用機序として、ケトン体による抗炎症作用や神経細胞のエネルギー代謝の改善作用などが示唆されています。神経細胞の主なエネルギー源はブドウ糖ですが、アルツハイマー病などの認知症では神経細胞のブドウ糖の取込みや代謝に異常が起こっているためにエネルギー産生の低下が認められます。ケトン体はブドウ糖に代わってエネルギー源となるため、神経細胞の働きを良くすると考えられています。
高齢ラットを使った実験でもケトン体が認知機能を高めることが報告されています。(Adv Exp Med Biol 662: 71-75, 2010年)
この報告では、高齢ラットを2群に分けて、標準的な餌とケトン食の餌で3週間飼育し、T-迷路法や物体認識テストなどで認知機能を測定しています。ケトン食で飼育した群の方が認知機能が良かったという結果が得られています。食事によるケトン症が神経変性疾患の改善に効果があることを示しています。
米国では中鎖脂肪酸トリグリセリド(中鎖脂肪酸中性脂肪)のカプリル酸トリグリセリドがアルツハイマー病の治療に有効な医療食として認可されています。カプリル酸(caprylic acid)は炭素数8個の中鎖脂肪酸(分子式はC8H16O2)です。中鎖脂肪酸は肝臓で代謝されてケトン体(アセト酢酸とβヒドロキシ酪酸)の産生を増やすので、神経細胞の働きを良くするのです。
アルツハイマー病あるいは軽度の認知障害をもった20人の成人を対象にして、日を改めて中鎖脂肪酸を摂取した場合とプラセボを摂取した場合で、認知力を比較した研究が報告されています。中鎖脂肪酸を投与すると90分後には血液中のβヒドロキシ酪酸のレベルが著明に上昇し、この時点で認知機能を測定しています。その結果、ケトン体の量が多いほど、認知機能の改善が認められました。
つまり、「アルツハイマー病の患者に中鎖脂肪酸を投与すると記憶力の改善が認められ、その改善の程度は血液中のβヒドロキシ酪酸のレベルと相関する」という結論です。(Neurobiol Aging. 25(3):311-4. 2004年)
神経細胞はブドウ糖とケトン体しかエネルギー源として利用できないのですが、アルツハイマー病ではブドウ糖の取り込みや利用に障害があり、そのため中鎖脂肪酸を摂取してケトン体の産生を増やすと神経組織のエネルギー産生が改善して症状が良くなると考えられています。その他にも、遺伝子発現調節作用の関与や、抗炎症・抗酸化・抗アポトーシスの機序による神経細胞保護作用も関与していると思われます。
中鎖脂肪酸は、認知症でなくても、記憶力を強化することが報告されています。例えば、以下のような報告があります。
中鎖脂肪酸の補給は、認知症でない高齢者の記憶力を強化する可能性を報告しています。つまり、日頃から中鎖脂肪酸を多く摂取していると記憶力が良くなるという結果です。
図:中鎖トリグリセリド(MCTオイル)に含まれる中鎖脂肪酸のカプリル酸(炭素数8)とカプリン酸(炭素数10)は、体内でケトン体(アセト酢酸、βヒドロキシ酪酸)の産生を増やし、ケトン体は脳のエネルギー源となるだけでなく、抗炎症・抗酸化・抗アポトーシスの機序による神経細胞保護作用によって、脳機能を活性化し、認知機能や記憶力を向上する。
【脳にはドコサヘキサエン酸が多く含まれる】
私たちの体の中で、脂肪の含有量が最も多いのは脂肪組織です。その次が脳です。人間の脳の乾燥重量の約60%は脂質化合物で構成されています。脳の総脂質含有量の35〜40%は多価不飽和脂肪酸であり、主にエイコサペンタエン酸(EPA)、ドコサヘキサエン酸(DHA)、およびアラキドン酸です。すべての脊椎動物において、DHAはアラキドン酸と並んで脳の主要な多価不飽和脂肪酸です。
オメガ-3多価不飽和脂肪酸、特にドコサヘキサエン酸(DHA)は脳機能において非常に重要です。DHAは脂質二重層のタンパク質チャネル機能を最適化する膜流動性を維持することにより、脳内の神経伝達物質の結合とシグナル伝達を改善することができます。DHAの食事摂取量が少ないと、細胞膜のDHA濃度が低下し、細胞膜が硬化し、細胞膜機能に影響を与える可能性があります。
脳内のDHAを増やすと、炎症性サイトカインが減少し、神経伝達物質の機能が改善する可能性があります。様々なメカニズムでDHAは脳機能を良くし、精神的健康(メンタルヘルス)を良くします。
類人猿を含む他の霊長類と比較して、人間は非常に大きな脳を持っています。重さは約1,400グラムで、私たちの脳は他の大型類人猿の脳の約3倍の大きさです。人間は、おそらく約600万年前に東アフリカに住んでいたチンパンジーやボノボと共通の祖先を共有しています。
人類が脳の大きさを増やすことができたのは、魚などの水産物を食べるようになったからと考えられています。人類(ホモ・サピエンス)への進化が、特に土地が淡水と出会う場所に位置する東アフリカの特徴的な生態系からのDHAが豊富な食事で起こったことを示す証拠があります。
初期人類の化石が東アフリカで発見されています。東アフリカにはアフリカ大陸を南北に縦断する大地溝帯(Great Rift Valley)が存在します。大地溝帯はプレート境界の一つで、幅35 〜 100 km、総延長は7,000 kmにのぼる巨大な谷を形成しています。大地溝帯の形成は約1000万年から500万年前から始まったと考えられています。
大陸が分裂するように働く力によって形成された深い裂け目に水が流入してタンガニィカ湖やマラウィ湖など多数の湖ができました。これらの湖には魚などの水産物が豊富に取れます。魚にはDHAが豊富に含まれます。すなわち、類人猿から人類への進化は、多くの巨大な淡水湖を含む独特の地質環境を形成した東アフリカ大地溝帯の領域で起こったと考えられています。
熱帯淡水魚介類の長鎖多不飽和脂質の比率は、既知の他のどの食料源よりも人間の脳の脂質比に類似しています。湖沼の食物を摂取することで、体重を増やすことなく大脳皮質の成長を開始し、維持することができたのです。つまり、「サルは魚を食べて人類に進化できた」と言っても過言ではないのです。
図:初期人類の骨が東アフリカの大地溝帯周辺から多く発見されている。人類は大地溝帯の湖の魚を食べ、DHAやEPAの摂取が増えてから脳が大きくなったと考えられている。
ラットの研究では、1日あたりの脳のアラキドン酸とDHAの両方の約5%が代謝によって失われ、その後置換されることが示されています。脳のDHA供給は主に食事からです。その結果、食事からのDHA摂取の欠乏は脳のDHAを低下させ、脳の働きを低下させます。つまり、日頃からDHAの多い食事をすることは、メンタルヘルスを良くする上で極めて重要だと言えます。さらに、DHAの摂取は、がんや循環器疾患や認知機能の低下を予防する効果もあります。
【DHA(ドコサヘキサエン酸)は脳由来神経栄養因子を増やす】
学習と記憶形成のプロセスには脳由来神経栄養因子が重要な役割を果たしています。脳由来神経栄養因子はニューロン(神経細胞)を新生させ、シナプス結合を増やすことによって学習機能や記憶形成の能力を高めます。
魚油に含まれるオメガ3系不飽和脂肪酸のドコサヘキサエン酸(DHA)を豊富に含む食餌を与えられたマウスは、パーキンソン病に関与する脳の領域である線条体で、脳由来神経栄養因子(BDNF)のレベルが有意に高かったという報告があります。(Prostaglandins Leukot. Essent. Fatty Acids 2007, 77, 251–261.)
離乳後4週間オメガ3欠乏食を与えられたマウスは、対照マウスと比較して線条体のDHAおよびBDNFのレベルが低下していました。(Life Sci. 2010, 87, 490–494.)
加齢に伴う認知機能低下に対するDHAサプリメントの効果を検討するために米国の19の臨床施設で、無作為化二重盲検プラセボ対照臨床試験が実施されました。認知機能や学習機能のテストで、若年成人より1標準偏差以上低い55歳以上の合計485人の健康な被験者に、毎日900 mgのDHAを経口投与しました。その結果、DHAサプリメントを投与は、学習と記憶機能を有意に改善しました。(Alzheimers Dement. 2010, 6, 456–464.)
このように、加齢やアルツハイマー病やパーキンソン病などに伴う認知機能に対するドコサヘキサエン酸の改善効果は多くの臨床試験で確認されています。
認知症の改善に効果があるのは海洋性オメガ3系多価不飽和脂肪酸のドコサヘキサエン酸(DHA)とエイコサペンタエン酸(EPA)であって、亜麻仁油やエゴマ油(紫蘇油)に含まれる植物性オメガ3系多価不飽和脂肪酸のαリノレン酸にはそのような効果がほとんど無いという点に注意する必要があります。(下図)
図:α-リノレン酸(①)は亜麻の種子や荏胡麻(エゴマ)の種子など植物油に含まれる(②)。エイコサペンタエン酸(③)とドコサヘキサエン酸(④)は微細藻類(⑤)や魚類(⑥)に多く含まれるが植物油には含まれない。α-リノレン酸を摂取すると一部はエイコサペンタエン酸に変換される(⑦)。しかしドコサヘキサエン酸への変換は極めて少ない(⑧)。がん、認知症、うつ病、心臓疾患などの予防や治療にはDHAが有効であるが(⑨)、α-リノレン酸はこれらの疾患の予防・治療への効果は低い。したがって、亜麻仁油や荏胡麻油(紫蘇油)を多く摂取してもこれらの疾患には効果が期待できない。
以上から、日頃から、中鎖脂肪酸とドコサヘキサエン酸を多く摂取すると、認知症の予防になるだけでなく、脳組織において脳由来神経栄養因子を増やすことによって認知や記憶や学習の能力を高め、頭が良くなります。中鎖脂肪酸の場合、炭素数8のカプリル酸が最もケトン体産生能が高いので、脳の機能を高める目的ではカプリル酸が有効です。カプリル酸単独のオイルも販売されています。
つまり、日頃からカプリル酸とドコサヘキサエン酸を摂取すると頭が良くなります。認知症の予防や治療にも、この2つの油の組み合わせは有効です。