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8月6日ヒロシマ 原爆の詩
仮繃帯所にて 峠三吉
あなたたち
泣いても涙のでどころのない
わめいても言葉になる唇のない
もがこうにもつかむ手指の皮膚のない
あなたたち
血とあぶら汗と淋巴液とにまみれた四肢をばたつかせ
糸のように塞いだ眼をしろく光らせ
あおぶくれた腹にわずかに下着のゴム紐だけをとどめ
恥しいところさえはじることをできなくさせられたあなたたちが
ああみんなさきほどまでは愛らしい
女学生だったことを
たれがほんとうと思えよう
焼け爛れたヒロシマの
うす暗くゆらめく焔のなかから
あなたでなくなったあなたたちが
つぎつぎととび出し這い出し
この草地にたどりついて
ちりちりのラカン頭を苦悶の埃に埋める
何故こんな目に遭わねばならぬのか
何の為に
なんのために
そしてあなたたちは
すでに自分がどんなすがたで
にんげんから遠いものにされはてて
しまっているかを知らない
ただ思っている
あなたたちはおもっている
今朝がたまでの父を母を弟を妹を
(いま逢ったってたれがあなたとしりえよう)
そして眠り起きごはんをたべた家のことを
(一瞬に垣根の花はちぎれいまは灰の跡さえわからない)
おもっているおもっている
つぎつぎと動かなくなる同類のあいだにはさまって
おもっている
かつて娘だった
にんげんのむすめだった日を
無 題 小学五年 佐藤 智子
よしこちゃんが
やけどで
ねていて
とまとが
たべたいというので
お母ちゃんが
かい出しに
いっている間に
よしこちゃんは
死んでいた
いもばっかしたべさせて
ころしちゃったねと
お母ちゃんは
ないた
わたしも
ないた
みんなも
ないた
うめぼし 池田ソメ
そりゃ あの時や ナンデガンスヨ
茶の間のガラス戸棚といっしょに
ころげたんでガンス
ガラガラ ガラガラ揺れる拍子に
屋根の上へ ずり出たんでガンス
ずりでる言うても 出られぁしまへんけ
出して貰うたんですよね まあ
神さんか仏さんかに
やれ難儀ややれ痛や
早う息が切れりゃ
参らせてもらえるんじゃにと
梅干を口に入れて貰うたんは
三日目の朝でガンシタ
「この婆さんは 死んでしもうたか
かわいそうに
南無アミダ 南無アミダ」
と わしの顔を撫でんさった
「生きとる 生きとる」言うたら
大きな梅干を
わしの口へ呉れんさった
梅干言うもんは ええもんでガンス
その梅干のおかげでガンシタ
わしは 元気が出ましてなあ
今は、新しげな建物のえっと見える
この川辺りの町全体が
昔は
大けい一つの墓場でしたけえ
今は車のえっと走っとる
この道の下で
うじ虫の湧いて死んで行った
母を焼いた思い出につき刺されて
息子がひていじゅう ※ひていじゅう=一日中
つくなんで おりますけぇ ※つくなんで=かがんで
ほいじゃけえ
今、広島を歩く人々よ
どうぞ いついきしづかァに
こころして歩いて つかァさい
それにまだ病院にゃあ
えっと火傷を負うた人も
寝とってじゃし
今も急にどこかで
指のいがんだ ふうのわりい人や
黒髪で いなげな頬のひきつりを
かくしとった人が
死んで行きよるかもしれんのじゃけえ
ほいじゃけえ
広島を訪れる人々よ
この町を歩くときにァ
どうぞ いついきしづかァに
こころして
歩いて行ってつかァさいや・・・
のう・・・・
生ましめんかな 栗原貞子
こわれたビルディングの地下室の夜だった。
原子爆弾の負傷者たちは
ローソク1本ない暗い地下室を
うずめて、いっぱいだった。
生ぐさい血の匂い、死臭。
汗くさい人いきれ、うめきごえ
その中から不思議な声が聞こえて来た。
「赤ん坊が生まれる」と言うのだ。
この地獄の底のような地下室で
今、若い女が産気づいているのだ。
マッチ1本ないくらがりで
どうしたらいいのだろう
人々は自分の痛みを忘れて気づかった。
と、「私が産婆です。私が生ませましょう」
と言ったのは
さっきまでうめいていた重傷者だ。
かくてくらがりの地獄の底で
新しい生命は生まれた。
かくてあかつきを待たず産婆は血まみれのまま死んだ。
生ましめんかな
生ましめんかな
己が命捨つとも
序 峠三吉
一九四五年八月六日、広島に、九日、長崎に投下された原子爆弾によっ て命を奪われた人、また現在にいたるまで死の恐怖と苦痛にさいなまれつつある人、そして生きている限り憂悶と悲しみを消すよしもない人、さらに全世界の原子爆弾を憎悪する人に捧ぐ。
ちちをかえせ ははをかえせ
としよりをかえせ
こどもをかえせ
わたしをかえせ わたしにつながる
にんげんをかえせ
にんげんの にんげんのよのあるかぎり
くずれぬへいわをへいわをかえせ
呼びかけ 峠三吉
いまでもおそくはない
あなたのほんとうの力をふるい起すのはおそくはない
あの日、網膜を灼く閃光につらぬかれた心の傷手から
したたりやまぬ涙をあなたがもつなら
いまもその裂目から どくどくと戦争を呪う血膿をしたたらせる
ひろしまの体臭をあなたがもつなら
焔の追ったおも屋の下から
両手を出してもがく妹を捨て
焦げた衣服のきれはしで恥部をおおくこともなく
赤むけの両腕をむねにたらし
火をふくんだ裸足でよろよろと
照り返す瓦礫の沙漠を
なぐさめられることのない旅にさまよい出た
ほんとうのあなたが
その異形の腕をたかくさしのべ
おなじ多くの腕とともに
また墜ちかかろうとする
呪いの太陽を支えるのは
いまからでもおそくはない
戦争を厭いながらただずむ
すべての優しい人々の涙腺を
死の烙印をせおうあなたの背中で塞ぎ
おずおずとたれたその手を
あなたの赤むけの両掌で
しっかりと握りあわせるのは
さあ
いまでもおそくはない
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