詩)喪失~出されなかった手紙~

喪失~出されなかった手紙~


                    

あいだを見極めようとして 垣根ができ 喪っていく 

竹林のざわめきは 氷の冷たさに似ている

陽は陰り

紅い実を抱いていた 昨日 

             孤独
        

あの時、オレは新聞配達をしながら大学に通う、貧乏学生だった
嵐電(嵐山電鉄)でオレは一人の女に出会った

西陣織の織工で、自分の宇宙を持っている、不思議な女だった

織工に休みはないの、365日働くのよ。そうやって織り上げた反物も、たったひとつの傷でキズモノ扱いになる。それでも織工は黙って受け入れるしかないのよ、反物の運命を


愛も恋も語らず 俺たちは嵐電の駅から駅の間、語り続けた


高橋和巳『白く塗りたる墓』 我らの内なる封建制と制度としての封建制度・・・
宇宙の始まりについて、ボブ・ディランの化粧について
伝統美と形式美、ラジオの可能性・・・


帷子ノ辻(かたびらのつじ)で別れて、オレは大学へ
女は仕事へ向かっていった


あの日も、愛とか恋とかは語らなかった
嵐電の大きな揺れと木造の床のにおいは、妙に気分を高揚させた


>神社や仏閣って、嘘っぽいわ、世俗の匂いがする
>あなたのふるさとに、廃墟はある? 
>たとえば、無くなってしまったお城のような


>滅びるのね、滅びがあるから、今があるのね


そういって、女はオレの前から姿を消した


十年がすぎ、オレは結婚をした 久しぶりにみた大文字の送り火の夜
オレは偶然、あの女に出会った


あの女は今でも西陣織の暗い機織機の前で
きっとはたを織っていると
オレは信じていた

だが、あの女は大きなおなかを抱え、こどもと夫に囲まれて

幸せそうな風情で、オレの前を通り過ぎた

オレは気がついたが、あの女は気がつかなかった


あの日、オレは茶封筒にいれた一通の手紙を抱いていた

一瞬、ためらい、その手紙を手渡すことはなかった

そのあとに、どんな「時のレール」が続いているのか、知りもしないで・・


人間の記憶はおおざっぱだ 失ってしまったものは、いつしか記憶の収納庫へ収まっていく


あの時の手紙を

そのあと、どうしたのか

今では もう

思い出すことも できない



☆妄想と現実がごちゃ混ぜになった世界。昔の記憶はもう、あるようなないような かすみのなかのようで。

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げん(高細玄一)文学フリマ東京39 な-20
2022年に詩集を発行いたしました。サポートいただいた方には贈呈します