日本人としての貯金
唐突ですが私の主人はズボラです。
汚い好きではないのですが、めんどくさがり屋。何かの用事で私がしばらく家を空けると、仕事机の上やコーヒーテーブルの上には物が溢れ、至る所に、デニムやパジャマが脱いだそのままの輪っか(うちではその形状から切り株と呼んでいる)の形で置かれて。
そんな主人Rが、先頭たって掃除と片付けをする時があります。
それは旅行先での最後の晩です。
なぜ、そうなったかを説明したいので、一旦、話を巻き戻させてください。
私たち夫婦は20年ほど前から、毎年1回か2回、パリに旅行しています。パリはハブ空港なので、そこからイギリスやイタリア、スペイン、モロッコ、トルコなど近隣の都市に行くのにも便利だからです。
ある年、モスクワでトランジットするアエロフロートを使った時のこと。年末ということもあり、空港は乗客で溢れ、パスポートコントロールも非常に込み入っていました。
ディズニーランドのアトラクションのような列に並びながらなんとは無しに旅行客を眺めていると、赤いセーターを着た10代の男の子がパスポートコントロールを通過できずに、戻ってきてまた列に並び直していました。
あれ?と思ったものの、
私たちの審査が終わった時にはかなり列も短くなっていたで、あの男の子の番ももうすぐ・・・・・カフェで買ったコーヒーを飲んでいたら、再び列に戻される男の子を見ました。
彼の持っているパスポートを見た主人が言いました。
バングラデッシュのパスポートだ。
多分当時のバングラデッシュのパスポートは信用度が低かったのでしょう。何かを疑われ、通過できずにいたのです。
その時、私たちは気がつきました。今までどこの空港でも
日本のパスポートで手間取った事がない。
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着いたパリでは、現地の友人夫婦が『ラッキーな事があった!!』と浮かれています。
『人気で借りられないと思ってた物件に引っ越しが決まったの!私が日本人って事を大家さんが知って、数いた候補者から選んでくれたのよ。過去に違うアジア人に貸したら、キッチンを油でベタベタにされたらしいの!でも日本人は綺麗に使うって評判聞いたって!』
そうか、
とここで膝を打ちます、腑に落ちます。
パスポートも賃貸の件も私たち以前の日本人がきちんとしていた信用あっての恩恵だったんですね。他外国に住む知人からも日本人の綺麗好きは有名だと聞きました。
改めてパスポートの信用度を調べたら、2022年の今年、日本とシンガポールが一位。ヴィザがなくてもパスポートだけで192カ国に行けます。かたやバングラデッシュは40カ国で103位。なかなか厳しいです。
話を戻しましょう。
膝を打ってからの主人は変わりました。エアビーなど、借り住んだ所を退却する際には徹底的に掃除するようになりました。今まで過去の日本人が貯めてくれた信頼の貯金を自分で使い果たすわけにはいかない、恩恵をうけた分は、自分も日本人としての貯金を次の日本人に渡すのだと。
この貯金は、テレビで見るスポーツの海外遠征の時にも感じました。日本人サポーターによる応援マナーの良さと試合後のゴミの持ち帰りが大々的に報じられた際、彼らが日本人の良いイメージとしての大型貯金をしているように私の目に映ったんです。
そして、この感覚は3年前、サンフランシスコに引っ越してからさらに強まりました。私は現在ESL(英語学校)に通っていますが、
日本人は綺麗好きでものを乱暴に扱わない。
日本人は真面目で宿題を必ずやってくる。
日本人は洗練されていて賢い。
私はどの先生にも最初からこのような良い印象を持たれました。これも先人たちの貯金のおかげでしょう、ありがたいです。なのでこの信頼を私は守っていかねばと、背筋を正します。
そんなある日、教室で面白い事がありました。
アメリカの学校は基本、学生は掃除をしません。そのために雇われている人がいるのです。ですが、教育として汚しっぱなしで良い訳はありません。毎回、授業終わりに先生が『消しゴムのカスは自分で捨ててから帰りなさい』と注意します。
すると生徒はカスを手で床に払い落とすのです。
呆れる先生の顔が見えました。いろんな国から来ている生徒の常識が違うことに諦めた顔だったのかもしれません。
私は自分の机の上のカスを隅まで手で払って集め、メモ帳の紙を折って受け皿にして、ゴミ箱に捨てに行きました。小さなちりとりの発想です。
これが大いにウケて、先生が手を叩いて私を褒めました。『mamiが素晴らしい事をした、良いアイデアだ!』と。
生徒は誰だって先生に褒められたいんです。すぐに小さなちりとりはクラス中に流行りました。みんなが面倒と思っていた掃除が、小さなちりとりで面白いものに変わったのです。
mamiペーパーと呼ばれた小さなちりとり。誰も消しカスを床に落として帰らなくなったことで、私も日本人としての貯金が少しできた気がしています(額としては53円くらいか?(笑)
こうやって先人から受け継いだ日本人としての貯金は、私の代で切り崩す事なく、少額でも定期に積んで行けたらなあ、と心がけています。