7インチ盤専門店雑記715「80sブルーノート」
自分が本格的にジャズを聴き始めるのは1990年代に入ってからと記憶しておりますが、80年代に全く聴いてないかというとそうでもなくて、ソニー・ロリンズとマイルス・デイヴィスは或る程度聴いておりました。加えてスティングのおかげでブランフォード・マルサリスを知り、彼のアルバムは何枚か聴き、そこから派生していくつかのコンテンポラリーなジャズは聴くようになっておりました。フュージョンは70年代末から渡辺貞夫、渡辺香津美、スパイロジャイラ、ラーセン・フェイトン・バンドあたりは結構聴いておりましたし、ステップスにハマってみたり、向井滋春にハマってみたり…、枚数は大して多くないものの、一応聴いておりましたね。
そんななかで、そろそろブルーノートを片っ端から聴いてみるかと思い始めた頃に、コンテンポラリーなブルーノートのCDを一枚手に入れました。チャーネット・モフェットの「Net Man」という、彼のファースト・ソロ・アルバムです。マンハッタン・ジャズ・クインテットなどで名前は知っておりまして、端正なクセのないベースを聴かせる若者(当時)でした。どうしても欲しいというのではなく、何かのついで買いか安く売っていたかという程度で買ったものでしたが、いざ聴いてみると結構好みの音で、しばらくハマりました。本格的に聴き始める前、ジャズの知識もロクにない時期に、この若さが溢れ出ている元気なジャズ盤の何処を聴いて好きと感じたか、あまり記憶が定かではありません。
また、予備知識としては、オーネット・コールマンの「ゴールデン・サークル」というブルーノート盤でドラムスを叩いているのが、彼の父親、チャールズ・モフェットだということ、彼は子どもの時分からファミリー・バンドでベースを弾き始め、84年頃にはハービー・ハンコックやマルサリス兄弟に起用され、天才少年ベーシストとして騒がれたことがあったのは憶えておりました。当時の勢いがあるジャズを聴きたいと思えば、候補に挙がってもおかしくない盤だとは思います。
何はともあれ、ジャズ本で得た知識はそれなりに抱えておりましたから、何はともあれ、ブルーノートの音が聴いてみたかったというのはあります。ハンク・モブレ―やリー・モーガンあたりから攻めていったのは記憶しておりますが、それよりも前にこの盤を聴いているんですね。
そして、ここで何が気に入ったかというと、まずシンプルなメロディの美しい自作曲が気に入っておりました。聴き込むにつれ、「モナリザ」と「朝日のようにさわやかに Softly As In A Morning Sunrise」という2曲のスタンダードに意識が移って行きました。全8曲中、自作の6曲はブリブリに弾きまくるタイプの曲で、その中で落ち着いた2曲が砂漠の中のオアシスのごとく沁みたんです。「嗚呼、スタンダードとはこういうものなのか」という初めての感覚でした。それまでにもいろいろな盤でジャズ・スタンダードなるものを聴いてはおりましたが、沁みるなあと思ったのは、ここに収録されている「モナリザ」が初めてだったのでした。…いやあ懐かしいな、コレ。
ついでに申しますと、スタンダードなのかと勘違いしたほどに耳に焼き付くメロディを持った「For You」という12分ほどの曲があります。アルバムのラストを飾るこの曲が非常に気に入りまして、カセット・テープにダビングして随分クルマの中で聴いたものでした。後々認識を新たにしますが、これも彼の書いた曲なんです。…この盤の当時でまだ20歳かそこらですからね。…やっぱり天才少年だったのかもしれませんね。
ちなみに、チャーネットという名前は父親のチャールズとオーネット・コールマンのオーネットを合わせて作られた名前なんです。まだ知らぬオーネット・コールマンというのはそんなに凄い人なのかという印象を植え付けられた一事ではありました。