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竹之御所流 尼寺 三光院で精進料理をいただく

本がつないでくれる縁というものは、確かにある。

今年六月だったと思う。
図書館分室の書架でぱっと視線に飛び込んできた本があった。

図書館分室の書架にあった本をうちで再現してみました
書架に背表紙がずらりと並んでいたのだったら見落としていたと思いますね


竹之御所流 尼寺 三光院の
毎日やさい精進料理
著者:西井香春こうしゅん (令和元年発行)


竹之御所流精進料理の本だったら、精進料理のことを知りたくて四十年以上前に買って何度も読み、今も大切に持っている。
そして香春さんの写真と西井というお名前に、ひょっとして、とプロフィールを読んでみた。
やっぱりそうだ、フランス家庭料理研究家の西井あやさんだった。
もちろん本を借り、うちで書棚から四十年前に買った本も引っぱりだして読む。



京都・竹之御所風
おそうざい精進料理
三光院・祖栄禅尼の手づくり277品(昭和55年発行)

引っ越しで段ボールに入れるときに表紙が折れたまま荷造りされたらしく深い折れしわ
背表紙も傷んでいますが大切な本
(三光院に持って行き撮影)


三光院で竹之御所流精進料理がいただけることは、四十年前も知ってはいたけれど、当時は大阪に住んでいたこともあり、東京の武蔵小金井まで出かけるということは想像すらできなかった。

あれから時が過ぎ私は首都圏在住、西井香春さんが竹之御所流精進料理の後継者となられていて、その料理を昼のみ味わうことができるという。

そうだ!秋だ、秋になったら訪れよう。
そう思いながら晩秋になり、食を通じて知り合った何年も前からの ”同好の士” 二人の友と三人で訪れようということになり、ひと月前に予約を入れた。

季節は一気に冬の冷気に包まれ、それでも太陽は燦燦と降り注ぐ師走のJR武蔵小金井駅で待ち合わせた。

「ところで西井香春さんをどういう風にお呼びすればいいのかなぁ?」
「私にとっては先生だから先生!」

何十年か前、イギリスで暮らすことになったときに西井あやさんが出版されたハーブの本(日本で初めて出版されたハーブの本です)を大切に持っていき、ハーブのことを学びレシピを見て作り、イギリスの友人たちにふるまい大好評だった思い出を話してくれたHさんは、きっぱりと言う。
そうだよね、やっぱり先生だよねと西井郁さん、香春さんの本をじっくり読んで来た三人の意見はすぐに一致。

駅からタクシーで向かう。
どこにでもある街の風景、武蔵野の面影は見つけられない街の少し先。
住宅街の一角の緑深い敷地が見える。
五分の乗車。

静かに清々しくあたたかく迎えてくれる山門
左に不老門と彫られた石
右には枝垂れ桜
12月だというのにまだ紅葉は見頃
境内は深い紅色や黄金色に彩られている


武蔵野の尼寺 三光院
開山は昭和9年
本堂
あら?と思われましたか?お賽銭箱がありません
檀家を持たないで
精進料理のお浄財だけで運営されている尼寺です



臨済宗 泰元山  三光院 

境内にはまだ人の姿は見えません
渋みのある錦に彩られた初冬の境内
本堂の横の石畳を進みます


イチョウ、笹の葉、やわらかな草の中に石仏
思わず近づいてご挨拶したくなります


どういう由来の石仏なのか
次回訪れたときにはお聞きしてみよう


精進料理をいただく十間堂が見えてきた。

作務衣姿の先生が迎えてくださる。
今日、ここに来れた嬉しさを三人で厚くお伝えする。
先生のフランス料理の本、ハーブの本、精進料理の本のこと、どれもが手のあたたかさを感じさせられ、ずいぶん前の出版なのにその写真が美しいこと。
レシピを見てすぐに作りたくなる料理で、しかもおもてなしとして出しても喜ばれる料理であること、本を読んでいると窓から暮らす町の風景がみえるような、そんなフランスの家庭料理。
私たちはフレンチのシェフのレシピ本もたくさん持っていて、同じ料理も何品もあるのだけれど、はるかにあたたかみを感じる本だということ。
話しは尽きない。

十間堂
元幼稚園の講堂だった建物
大きく取られた南窓から冬の長い日差しが部屋を格子に照らします


ストーブが静かに燃えています
じわ~っとおだやかな暖


この日は三組の客
私たちはストーブの前の席
元々は本堂で正座していただいていたのを
香栄禅尼により、ご高齢なかたも楽だろうからと十間堂でいただくようになったそうです
畳表のテーブルというのも香栄禅尼のアイデアなのだそうです


この本もいっしょに三光院に連れてきたかったので同伴
本も本望だと思います


全員揃い、正午に食事が始まる。

京都・嵯峨野に竹之御所と称される 尼門跡あまもんぜき寺院「曇華院どんけいん」で、代々ご門跡になられた天皇家の皇女様が日々召しあがる尼寺料理として室町時代から600年余にわたり受け継がれてまいりました。

宮中の雅と禅の心が一体となった、この竹之御所独自の精進料理を武蔵野の地に根付かせたのが、曇華院どんけいんから当院の住職になられた祖栄禅尼でございます。いらい八十余年、国際化を進められた二代目の香栄禅尼、師資相承の奥義を究めた唯一人の後継者・香春へと三代にわたって守り続けております。

簡素ながら、気品ある華やかさをまとった、旬の食材の風味あふれる竹之御所流精進料理をご賞味いただけるのは、いまや当院をのぞいて他にはございません。

三光院公式HPより引用


香春先生がご挨拶をされ、先生と助手のかたにより料理が一品ずつ席に運ばれる。
料理の説明もしてくださる。

(ここから料理の写真が続きますが、読まれたかたが三光院を訪れられて、実際に料理をいただかれたときに目にしたときの喜び、口に入れたときの感動を奪うことになるので、感想は記しません。どれも素晴らしい!とだけ記させてもらいますね)


雪(5800円、一汁七菜 食後に売茶竹延流啜り茶)

竜胆りんどうの最中
竜胆りんどうは三光院の御紋です
中にはさっき詰められた餡


お薄


お煮しめ
毎月献立は変わりますが
お煮しめは一年中定番として組み込まれています


お煮しめ
大和芋の海苔巻き、高野豆腐の含め煮、ごぼうの胡麻和え、南瓜の煮物、南天の葉添え


ごま豆腐の葛とじ
寒い日なのであたたかくしてありました


からもの
御所言葉で大根を”からもの”と呼ぶ竹之御所の代表的な煮物
「わぁ、からものだ。これ食べてみたかったんです」とKちゃん


香栄とう富
香栄禅尼が究めた、他に類を見ない豆腐の燻製
実は前もって予約しておこうかと思いながら間に合わなかった逸品
小金井市は桜の名所ということで、チップは桜です
次回は前もって予約しておき、食事の後で受け取るつもりです


木枯らし
茄子の田楽で、茄子の半身が楽器の琵琶に似ていることから
建礼門院愛用の名器「木枯らし」にちなんで香栄禅尼が命名

「Kちゃん、これイタリア茄子で作れるよね」
「ちょうどそう思っていたところで、フィレンツェ茄子かフェアリーテールにしようか、西京味噌ではなくイタリアンのソースにしようか迷っているところ。名前は三大ヴァイオリン名器のドルフィン、諏訪内晶子さんが使っていた名器です」

自宅の菜園で収穫した西洋野菜などを使って料理するのが趣味で、クラシック音楽をこよなく愛するKちゃんならでは!

「高温の油に入れて、すぐに弱火にしてじっくり揚げると茄子の瑠璃色がきれいに残るんですよね」と本で読んだことを話す。
「よく読んでいらっしゃいますね」と先生


富士の嶺


境内に咲く大輪の白い山茶花「富士の嶺」をあらわした豆腐のおすまし
柚子の皮が小さな小さなイチョウの形です
もうこの型は特注でも作っていないそうで、大切に大切に使われているそうです


粟麩のおでん
御所言葉の”おでん”は田楽のこと
味噌は山椒味噌で、境内の山椒を使い、この季節は冷凍していた実山椒と小松菜や法蓮草でグリーンに色付けするそうです


にゃくてん(こんにゃくの天ぷら)
初代住職・米田祖栄禅尼に精進料理では使わない「いかの天ぷら」のおいしさを伝えようと
先代住職・香栄禅尼が考えられた料理
裏側に辛子醤油がしのばせてあります


ぎんなんのおばん(おばんはご飯のこと)   香の物
香の物はだしを取ったあとの昆布を2㎝角に切り、酒と醤油、実山椒で煮たものなど


境内にある大イチョウのぎんなんのおばん
大粒のぎんなんです


竹之御所流伝統のすすり茶


売茶竹延流すすり茶
三光院では朱塗りの器ではなく主に陶磁器を使う習わしで
亀甲文に鶴の模様が多い中、このお茶碗は亀甲文に鳳凰文
香栄禅尼の米国で出版された本の授賞お祝いに特別に作ってもらわれたそうです


たっぷりの玉露にぬるめのお湯を注ぎ、しばらく待ち
蓋をずらしてからすすっていただくのが流儀


すっかりすすったあと、
蓋をした茶碗をかたむけて最後の滴を注ぎます


玉露のすべてをいただきます
このあとで茶葉もいただきました


窓から境内を眺めるととても懐かしい気持ちになるのです


紅葉した木々の間に見えるのが白い山茶花「富士の嶺」
お吸い物で模した花


隣席の女性のリクエスト
「お茶碗についたすこ〜しの茶葉までいただきたいからお湯をくださいませんか」
「それでは」
先生がお薬缶やかんと花台のような物を持っていらっしゃいました


しばらく待ってから
「もういいでしょう。顔を近づけてみて、何かわかりますか?」と先生
「あっ!白檀びゃくだん!」
なんという体験!
白檀の香木だったのです!
薬缶やかんの底で温められた香木から
ほんのり温かく周囲に広がる白檀の芳香!
「お寺は香道などあらゆる文化が伝え残されているのですよ」とも仰る

滋味眼福の精進料理をいただき、さらにときめきのひと時が体験できようとは。
なんて満ち足りたひと時だったのだろう。

持ってきた本を著者である初代住職・米田祖栄禅尼と助手を務められた先代住職・香栄禅尼のお写真の前に置かせていただいて記念写真を撮る


今年80歳になられた西井香春先生

「先生、いつまでもお元気でいらっしゃってくださいね」
と再訪を誓い、十間堂を後にした。
玄関で送ってくださった先生と助手のかたのやさしい笑顔が心にいつまでも残った。

大輪の白い山茶花さざんか「富士の峯」
まるで白バラのようです


「わぁ~、見てみて!素晴らしい紅葉よ」とHさん
三人でしばらくスマホをかざしてこの日の景色を写す…


微笑みがこちらに伝わっちゃう石仏さん


今年は珍しく12月まで見ることができた紅葉とともに
三光院でのひと時が大切な思い出となりました
「同好の士」二人の友に感謝


夕方自宅に帰るとamazonで注文していた古本「西井郁の家庭でつくる軽やかフランス料理」の本が届いていました
三光院訪問前に近隣図書館で借りて読み、一ページ目でこれは買っておくべき本だと思い注文
左は三光院で買い、サインしてもらった本


本。
料理の本もレシピもレガシーだ。
リスペクトするべきものだ。
本がつないでくれた出来事を想いながら、ページをめくる。
心に残るこの冬の一コマ。



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