短編小説 なぜ、生かされて来たのか 其の一(1169字)
僕とあの幼児の差。命の自分史
あなたの命は誰のものですか。
「え、」
命の所有者は、本当にあなたですか。
「僕のものに、決まっているだろう」
命が、あなたのものと証明できますか。
「簡単だ、自死出来るからだ」
それなら、死んで証明してください。
「無茶言うな、命懸けの、その時が来ればだ。」
その時が来れば死のボタンを自分で押せると言う事ですか。
「偉そうに何なんだ、あんた、誰だ。」
私は全ての死をコントロールしている者です。
「え」
その時、朦朧としている頭が、目覚めた。
悪寒が走った。
記憶のどこかで、その声を前に感じたような気がした。
背筋に冷たい物が走った。
覚めた僕は、改めて自分の死にかけた過去を思い出していた。
僕が5歳の時である。
北川で僕は、父に連れられ、父の友人の操船するプレジャーボートに乗っていた。
風を切る様にプレジャーボートはスピードを上げていた。
ボートの後席に父が座りその隣に、僕は顔に風を浴びて半ズボン赤いダイヤ模様のベストを着て立っていた。
その時、貸ボートを避けようとプレジャーボートが急に面舵を切った。
モーターボートはレーシングカーの様にドリフトし尻を振た。
その遠心力で僕は川に投げ飛ばされた。
「子供が落ちた」
父が大声を上げたそうだ。
ボートは落ちた周辺に戻った。
人は溺れ死ぬ時、3回浮き沈みするそうである。
父の話では、遠くに浮き上がり手を出す、僕の右手が見えたそうである。
父が飛び込もうとした瞬間、船の舷側に僕の手が、飛び出てきた。
父が僕の手を握り思いっきり、引き上げたそうである。
僕は訊いた話で当時を理解しているが、その時は何もわからず泣いていた。
ただ記憶にあるのは、父に握られた右手の感触と、
水中で見たのは、クレヨンで描かれた漫画の様な観音様と魚1尾である。
ずぶ濡れの僕は、ただ泣きじゃくるだけだった。
この時、僕には助かった、とか死にそうだったとかの感情は無かった。
僕が死への恐怖と疑問を感じるのは、小学生に成った2年後の事である。
川岸で遊んでいた幼児が行方不明になる事件が起きた。
川に落ちた、可能性大との事で警察が大規模に船を出し川を攫った。
「土左衛門が出たぞ」
下校途中だった、僕はその声に友達と川を目指した。
そこで溺死した幼児が川から引き上げられるのを見た。
幼児はお辞儀をする様に固まり、皮膚は茶でカサカサしていた、
子供心に解ったのは、それには人形の様な物体で心は無かった。
驚いたのは半ズボンに赤いダイヤ模様のベストを着ていたのである。
その事は、はっきり記憶している。
そのダイヤ模様のベストを着た幼児は死亡し、
2年前同じ半ズボンベストを着た僕は生き残った。
二人の差は何なのだろう。
朧気だが初めて理不尽を知った時だと思う。
また、水中で見た観音様。
「まだ、やる事があるぞ」
と聞いた感じがする。
そうだ、あの時に感じた声に似ている。
続く。
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