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短編小説 5%の風景 (5284字)         叔父が憧れる作田又三と「錨を上げよ」 著者百田尚樹の男をめぐる話

プロローグ この街で

父はこの街で生まれこの街で死んでいった。
父精一は、盛食堂の二代目として生まれ家業の食堂を継いだ。
父の代で陰りの出た食堂から弁当惣菜店に業態を変更した。
食堂時代からの大盛りで安い薄利多売のモットーは変わらず、
それが支持され弁当の売り上げは右肩上がりに上がり続け、
個人商店から会社組織にし盛食品株式会社が出来た。
その評判を聞きつけて市内の丸黒デパートから声がかかり、
高品質高価格業態に挑戦したデリカ・モリを丸黒デパートに出店した。
丸黒デパートデリカ・モリの店長は父の弟精二つまり私の叔父が担当した、
売り上げは良かったが、利益は、なかなか出なかった。
会社全体では、デリカ・モリの利益が出ず、5%の最終利益目標をなかなか達成できなかった。
しかしこの街での会社のステイタスは上がった。
精一は白衣姿より、パリッとした高級スーツ姿が増えた。
丸黒デパートとのお付き合いで買った応接セットが客間にペルシャ絨毯と共に置かれた。家族全体が浮かれていた、一人だけ冷静だったのは、読書家の叔父精二だけだった。叔父は家業を継がず家電会社に勤めた部外者の私によく愚痴を言った。
「此の侭じゃだめだ。俺も含めて作田又三の様に強くならないとだめだ。」
「良一、この本を読んでみろ、」
こうして、手渡されたのが百田尚樹著の「錨を上げよ」で
主人公の名は、作田又三だった。
小説を読み、叔父がなぜ作田又三に憧れるのか分かった気がした。
作田又三とは、電車で、席を待つ年寄りがいて優先席に座り寝たふりや、知らん顔をしている奴が居たら、それがヤクザだろうが、誰だろうが、
「ここは、優先席やで、早うどかんかい。」
とはっきり言う、
揉め事も厭わない男だ。つまり、熱く勇気のある男。
恐らくだが、父も叔父も、それを持ち合わせてはいない。


お通夜  

父精一は九月に会社をたたんで゛一区切りついた十一月に、心筋炎で
急逝した。
会社は倒産一歩手前で、社長の精一と弟の専務精二の個人資産を叩き売って
何とか債務整理することが出来た。
精一は自宅を失い、街はずれの平屋借家に引っ越した。
精二も近くのアパートに引っ越した。
葬儀は家族葬として、ごく近い身内にのみに訃報は伝えられた。
喪主は母が務めたが、会社の事は家庭に持ち込まない父の主義で、詳しい
会社の話には疎かった。
二間しかない平家の奥の間に祭壇は設けられ、
家族葬とはいえ淋しい通夜だった。
叔父が通夜に駆けつけてくれた経理の女性と男性の元社員の相手をし、
酒が入り社長を偲ぶ会話が続いていた。
「社長は、本当に優しい良い人だった」
「社長は、人が好過ぎた、誰にもいい顔をしていた」
「断れないんだよ、人がいいから」
「責任感が強いんだよ、お客さん第一で、良い人だった」
叔父は従業員の話を聞きつつ、つまり兄貴は人の良いお目出度い男
と言う事かと、頭のどこかで思いつつも,頷き故人を偲んでいた。
足を崩していた二人が急に正座をして玄関に目をやった
叔父が玄関方向を見ると、大柄な男が立っていた、
丸黒デパートの前の食品部長で今は外商部の大崎部長だった。
「この度はご愁傷様でした」
と頭を下げて、スーツの内ポケットから紫の袱紗に包まれたお悔やみを
出そうとしていた。
叔父は、丁寧に挨拶して、
「申し訳ありません、家族葬で身内だけでやっておりますので、
これは、ご辞退させてください」
大崎部長は
「まあまあ、そう言わずに、私共もお手伝い出来ますので」
とお悔やみを差し出し、
その後に丸黒デパートの葬儀パンフレットを出して来た。
パンフレットを見た瞬間叔父の顔つきが変わり、
絞り出すように、重い声で
「どうぞ、お帰り下さい」
叔父の握りしめた両手は小刻みに震えていた。
「精二さん、どうしました、固く考えないで、ね」
と、大崎部長が、軽くいなした瞬間
叔父は玄関あった塩を鷲掴みにして、大崎に投げつけ大声で
「帰れ、このクズ野郎、二度と来るな」
と叫んだ。
驚いた大崎部長は、ムッとして
「随分偉くなったもんだ、誰が引き上げてやったんだ、後悔するぞ」
と、捨てゼリフを残して去った。
怒った叔父を、羽交締めにしていた社員に
怒りの収まらない叔父は
「このパンフを見ろ、さんざん押し付け販売しておいて、会社を潰されて、
兄貴は死んだ、あいつらに殺されたようなもんだ」
「この葬儀のパンフ、酷い、さんざん買わされて死んでもまだ買え、仏壇を買えと言うのか、鬼だ」
「あいつらは、社命だったら何でもやる、」
「人が苦しんでいても関係ない、人の皮を被った鬼だ」
と言うと、がっくりと膝を下ろした。
私は叔父のあまりの剣幕に、作田又三が乗り移ったと思った。
強気の叔父に拍手したい気持ちになった。
時間が経ち落ち着きを取り戻した叔父は、事情の呑み込めない喪主の母に
話し始めた。
「姉さん、あいつらは、うちが予算を落とすと、月末にやって来て落とした分何か買えと言うんだ。それで買ったのがそこの冷蔵庫だ。キャンペーンがあると、付き合ってくれて、ダイヤモンド押し付けられたり、家電にスーツ
着物、クリスマスケーキ、おせち料理、兄貴が断れない事を見越して、
猫なで声で押し付けて来る。」
母は黙って下を向き聞いている。
「デリカ・モリの利益がでないのも、あいつらのせいだ。
閉店時間に合わせて値引きしたり、売り切りにしたりするのが普通なのに、
あいつらは、閉店まで商品を切らすなと言う、いや命令する。」
「どうしてかって、デパートと盛食品との契約は売り上げの20%を支払う契約で、あいつらには、商品ロスは関係無い、全部うちが被る」
「あいつらは、絶対に損はしない、ロスを被るのは俺たちだけだ」
本社で弁当でいくら稼いでも、デパートで赤字を出す、5%の利益がなかなか出ない、最近は赤字続きだ、値上げも出来ない、姉さん申し訳ない」
「本当に、申し訳ない、兄貴を殺したのは、俺だ、申し訳ない」
と、ひとしきり愚痴をいい、酔い潰れた叔父は鼾をかいて寝だした。
母が毛布を掛けて、
「ごめんね」
と言うと顔を両手で伏せた、伏せた手から涙が流れていた。

精一と作田又三

本社の弁当厨房の二階で、毎週月曜の午前に営業会議、
午後に経営会議が行われる
この日の営業会議の議題はデリカ・モリの収益改善がテーマであった。
店長の精二は、丸黒デパートの方針で、うちだけ見切り、残品を残さないのは、難しい他の店舗と協同して進めないと難しい、デパートからの印象が悪くなり、冷遇される等の話があり、現在の歩率20%から15%への引き下げ交渉が一番可能性が高いとの話があった。
午後からの経営会議では、社長の精一から丸黒デパートとの分率改定の進行状況の話があったが、結局見通しが立たないとの話で終わった。
問題は経理から出された資金繰りの話で、来月も社長と専務の給料は出せないので、会社が社長専務から借り入れた格好にするしかない。
赤字続きで運転資金もショートする見込みで、
社長に借入をお願いしたいの話があった。
精一は既にほとんどの資産を銀行に担保として差入れている。
残る手はリストラ人員整理か、高利のノンバンクに手を出すか、
値上げで収益の改善を図るか、原料の値下げ、材料のランクを落とすか、
もともと薄利多売で、やって来た会社で、切り詰める余裕など殆ど無かった。しかし精一は、これまで何とかやって来た。苦境の中従業員に支えられた事もあったし、無給で乗り切った事もあった。
経営が苦しくなると視野が狭くなり
短いスパンでしか考えられなくなる。
せめて5%の最終利益に道筋がつけば
ノンバンクからの借り入れも可能なのだが、精一は最終利益5%から逆算した
計画を再度作る様に、経理担当に指示した。
お昼も食べずに続いた会議は、三時に終了した。
精一は、やっと自分の机に戻り、朝刊に目をやった。
「おーおおおー」
思わず、大声を上げてしまった。
すぐに、専務の精二を呼び出し自宅に来るように電話した。
精二は何事かと30分もしないうちにやって来た。
精一は精二を見るなり泣きながら
「こんな、バカな話があるか」
と大声で話先程の朝刊をテーブルに叩きつけた
朝刊の一面に消費税5%決定、来春導入の文字が踊っていた。
「精二、会社を辞めるぞ、5%の値上げが出来ないで悩んでいるのに、
5%の利益が確保できなくて、汗水たらしているのに、なんだこれは、
売価に5%乗せろ、5%は税金で国が持って行く、国は何を考えているのだ
アホらしくて、やってられるか、会社はやめる。」
精二は初めて激怒している精一を見た。
実物の作田又三を見た気がした。
「兄貴」
と絶句して、精二は尊敬の目を向けた。
三か月後、精一は急性心筋炎で、逝去した。

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