日本列島改造論
どうも、犬井です。
今回紹介する本は、田中角栄元首相の『日本列島改造論』(1972)です。この本は、1968年にまとめられた「都市政策大綱」をもとにして書かれたものとなっています。田中元首相は、本書が出される翌月に自民党総裁選挙を控えており、したがって、これからの日本が取るべき政策とその根拠を示した本書は、実質的な公約の役割を果たしています。
それでは以下で、簡単に内容をまとめていこうと思います。
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都市政策大綱の要点
都市と農村の人たちがともに住みよく、生きがいのある生活環境のもとで、豊かな暮らしができる日本社会の建設こそ、私が二十五年間の政治生活をつうじ一貫して追求してきたテーマであった。
特に1968年にまとめた「都市政策大綱」は、日本全体を一つの都市圏として捉える“国土総合改造大綱“であり、私の国土改造に対する考え方が反映されたものである。その要点は以下の通りである。
1. 新しい国土計画の樹立とこれの実現のための法体系の刷新、開発行政体制の改革
新国土計画は産業の開発と自然・生活環境および基幹交通などについて基本目標を定める。また、土地、人口、水などを総合的に組み合わせた地域別の発展目標を設ける。新しい法体系は国土総合開発法の全面改訂を中心として進め、複雑な現行法体系を改廃する。開発行政を強力に推進するため、新しく中央行政機構を設置する。また、地方の広域行政体制を強化し、将来は府県制度を根本的に検討する。全国各地を結ぶ鉄道新幹線などを建設する。
2. 都市とくに大都市の住民を住宅難、交通戦争、公害から解放
職住近接の原則に基づき、立体化高層化による都市の再開発を重点的に進め、同時に近郊市街地を計画的に造成し、ニューシティーを建設する。この中で良質な構想共同住宅を大量に供給し、その建設の主力として民間デベロッパーの参加を求める。また、通勤交通を円滑にするため、鉄道特に地下鉄を強化する。新しく受益者負担の原則と公害発生者責任の制度を確立する。
3. 広域ブロック拠点都市の育成、大工業基地の建設を中心とした、新しい拠点開発方式による地方開発
拠点と背後地の都市、農村を結びつけるため、財政資金を集中的に投下して、道路などの産業、生活基盤を先行的に建設する。都市化時代に対応して地域全体の所得を高めるため、二次、三次産業を地方に配置する。同時に農地制度に抜本的な再検討を加え、高収益の農業を育て、食料の自給に努め、魅力ある近代的な農村をつくる。特に農産物需要の変化に応じ、畜産、果樹の生産を拡大する。
4. 公益優先の基本理念のもとに、土地利用の計画と手法を確立
都市を適正に配置し、工業適地、優良農地を確保し、自然を守ることを目的とした土地利用を定める。特に都市においては、市街化地域、用途別地区を指定して、無秩序な開発を規制する。住民全体にとって必要な道路など公共用地を生み出すため、土地区画整理法式を都市づくりに全面的に活用する。土地委員会を設置して、広域的かつ総合的な立場から有効な土地利用を推進する。同委員会は土地収用についての緊急裁決、地価に関する統一的な評価などの権限を持つ。
5. 国土改造に必要な資金の確保のために、国民全体の試験と蓄積を活用
国土改造に対するインフレなき集中的投資を可能にするため、利子補給制度を大幅に投入し、財政と金融機能を最大限に発揮させ、民間資金を導入する。また、国土改造のための拠点金融機関として、都市改造銀行、地方開発銀行、産業銀行を創設し、国土計画の分野に応じて長期低利資金を大幅に供給する。
財政はどうするか
わが国の財政は、実績主義による後追い投資の方法を中心に運営されてきた。しかし、国土改造にあたっては、このような消極的な財政運用は許されない。国土改造は未来を先取りするものであり、交通網整備などには巨額の資金が必要だからである。そのため、財政の先行的な運用が不可欠である。
これと並行して、これまで財政の補完的役割にとどまっていた税制の積極的活用が必要になってきた。大都市の機能を鈍化し、地方開発を促進するには、税制の政策的な調整機能、すなわち禁止税制と誘導税制を有効に活用しなければならない。
例えば、電力料金や工業用水同料金を過密地域と過疎地域で料金差を設けたり、住民税についても過疎地域の方が相対的に安くなるような配慮をする。他にも、過疎地域に立地する企業に固定資産税の25年減免を行い、それによって税収の減る関係地方公共団体には、別に国が交付金などの形で減収分を埋め合わせる措置をとる。
ともかく、国土改造には巨額の資金を必要とする。国の財政からの支出だけでは足りない分は、民間資金を動員する必要がある。また公債政策も資金不足をカバーする策である。単年度ごとの財政均衡という考え方ではなく、長期財政計画のもとで、計画的かつ積極的な公債政策をとり、社会資本の蓄積につとめ、未来の世代の繁栄にも生かしていかなければならない。
電力供給はどうするか
通産省の推計では、昭和60年度の電力需要を賄うためには発電能力を二億三千六百万キロワットと昭和46年末に比べ3.5倍以上に引き上げなければならない。このうち火力発電が半分、原子力発電が三割を占める見込みである。しかし、電力会社が現有地で拡張したり、計画地点で発電所を新設することは地元の反対で難しくなってきている。
そのため、これからは大規模工業基地などの大量発電所を中心につくり、大規模エネルギー基地の性格を合わせて持たせるようにしたい。電源開発株式会社を中心に行くつかの電力会社が参加し、火力発電所や原子力発電所を共同で建設し、そこで生み出される電力を大規模工業地域で使う。
しかし、大気汚染や放射能の危険を心配し、地元の人々の反対は強いであろう。そこでまず第一に考えたいのは、公害の徹底的な除去と安全の確保である。具体的には、集塵装置はもちろん、重油脱硫、排煙脱硫、ガス化脱硫などの脱硫技術の開発や利用を勧め、冷却水の排水温度も規制することである。放射能問題については海外の実例や安全審査委員会の審査結果に基づいて危険がないことを住民が理解し、納得してもらう努力をしなければならない。しかし、公害をなくすというだけでは消極的である。
地域社会の福祉に貢献し、地域住民から喜んで受け入れられるような福祉型発電所づくりを考えなければならない。例えば、住民も利用できる道路や港、集会所などを整備したり、地域社会の所得の機会を増やすために発電所と工業団地をセットにして立地する方法もあろう。
交通ネットワーク
地方都市や農村の多くは、産業に必要な労働力、土地、水を持っているが、大都市に比べて、長年にわたって蓄積された社会資本に乏しい。そこで、鉄道道路をはじめとする産業や生活の基盤をつくり、地方における産業立地の不利を補うことが必要である。「都市政策大綱」では、基幹交通や通信形の整備について次のような方向を明らかにしている。
① 表日本と裏日本を縦横に貫く全国新幹線鉄道を建設する
② 日本列島の四つの島をトンネルあるいは長大橋で結ぶ幹線自動車道路網を計画的に建設する
③ 空の交通量の増大、航空機の超音化、大型化に対応する国際空港を建設する
④ 貿易量増大に対応するために広域外交港湾を拡張し、新国際貿易港を建設する
⑤ 鉄道、自動車、海運、航空の各機能に応じて、輸送物質、距離別の社会的経済コストの研究に基づき、全国交通計画を策定する
⑥ 情報革命時代に対応してコンピューターの機能を駆使し、基幹通信体系を整備して産業及び生活の効率化を図る
こうした行動半径の拡大は、生産を上昇させるだけでなく、消費、情報伝達、レクリエーションを含めて人間のあらゆる活動の範囲を広げ、社会の機能を拡大させる。
日本列島改造論
明治100年の日本を築いたわたしたちのエネルギーは、地方に生まれ、都市に生まれた違いはあったにせよ、ともに愛すべき、誇るべき郷里の中に不滅の源泉があったと思う。私が日本列島改造に取り組み、実現しようと願っているのは、失われ、破壊され、衰退しつつある日本の「郷里」を全国的に再建し、私たちの社会に落ち着きとうるおいを取り戻すためである。
地方も大都市も、ともに人間らしい生活が送れる状態に作り変えられてこそ、人々は自分の住む街や村に誇りを持ち、連帯と協調の地域社会を実現できる。日本中どこに住んでいても、同じ便益と発展の可能性を見出す限り、人々の郷土愛は確固たるものとして自らを支え、祖国・日本への限りない結びつきが育っていくに違いない。
私は政治家として25年、均衡がとれた住みよい日本の実現を目指して微力を尽くしてきた。私は残る自分の人生を、この仕事の総仕上げに捧げたい。そして、日本中の家庭に団らんの笑い声が溢れ、年寄りが安らぎの余生を送り、青年の目に希望の光が輝く社会をつくりあげたいと思う。
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あとがき
私自身、田中元首相の演説はよく聴いていたのですが、かの『日本列島改造論』は読んだことがありませんでした。そして今回、実際に読んでみて分かったことは、彼の国造りのビジョンが、凄まじい勉強量によって築かれていること、そして、国家を慮る「保守的」愛国心の深さでした。これらのことを、今回のまとめで伝えることができればよかったのですが、それは到底無理な話でした。ですから、実際に読んでいただくことを強くお勧めします。本書を読むことは、田中角栄自身を知ることだけでなく、日本のことをこれだけ考えている政治家がかつて存在していたことを知ることで、今の政治家の善し悪しの判断の基準を得ることができるでしょう。
彼が構想した「列島改造論」ですが、今の日本を見ればわかるように、実現することはありませんでした。理由としてはいくつか考えられますが、まず一つあげられるのは、政権が発足してから一年四ヶ月後、積極財政派の愛知揆一大蔵大臣が急死し、後任に均衡財政論者の福田赳夫(=前回の自民党総裁選挙で熾烈な闘争を繰り広げた)を起用せざるを得なくなったことでしょう。また、当時の列島改造論ブームで、その開発対象とされた地域で土地の買占めが横行し、地価が高騰。これが「狂乱物価」をもたらしたと批判されたことも挙げられます(しかし、この物価高騰の決定的な要因は、第一次オイルショックの可能性が高いです)。そして、決定的なのが「ロッキード事件」でしょう。これによって列島改造や公共事業は、「金権政治」を進めるための単なる「レトリック」だと批判されました。その結果、列島改造や公共事業は「汚職」「不正」の温床となる「無駄」なものという文脈で語られることが当たり前となってしまいました。
特に、1990年代後半に本格的に緊縮政策が始まってからはその傾向は顕著であり、公共事業額がピーク時の半分以下にまで減らされていることが国土交通省のデータからわかります。
また、新幹線の開通に関しても、上で示した田中元首相の構想とは程遠く、その三割程度しか整備されることはありませんでした。
しかも、ご覧の通り整備されたのは主として「東京」に接続する路線ばかりであり、田中元首相が目指した都市と地方の全体的な発展とはあまりにかけ離れています。このことは、下図の建設関連統計の、地域別の公共投資の動向のデータを見ても明らかです。顕著に、東京圏に資金が集中しています。
データが示す通り、今の日本は田中角栄元首相の構想とは全く逆の道を歩んでいると言ってよいでしょう。
かく言う私も、都市と地方での公共交通機関の整備の格差は常々感じていました。私の地元は、一時間にバスが一本しか通ってなかったり、小学校時代は一度もクラス替えを経験したことがない(=常に一クラス)ような、THE 田舎でした。地元から50km離れた市街地に行くにしても、公共交通機関を使えば2時間30分の時間と2500円程の費用がかかります。比較のために例を挙げれば、距離は同じく50km程度の京都河原町と大阪梅田間は、阪急電鉄の特急を使えば、40分余りの時間と400円の費用で移動することが可能です。こうした実体験も、私が田中角栄元首相の考え方に強く共鳴する一因になっていると思います。
これらを踏まえ、「選択と集中」を続ける政府には、田中角栄元首相のような政治家が、かつて存在したことを思い返し、地方創生のための資金を惜しみなく投入する必要があるように考えています。
では。
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