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【坊ノ塚古墳】(各務原の史跡紹介)

坊ノ塚古墳

【解説】

4世紀末~5世紀(古墳時代中期)に築造された前方後円墳です。
また、各務原市内で最大、岐阜県下2位の規模を誇る大きさです。
発掘調査では、円筒埴輪や勾玉、管玉、食物形土製品などが出土しています。

Googleマップを見ると、綺麗な前方後円墳になっています。また、このことから各務原も大和政権下にあったことが分かります。


こちらが前方後円墳のくびれ部分です。


↑こちらが墳丘部分

石室があった場所です。子供の頃、近所のおばあちゃんからお話を伺ったところ昔は嫁入り道具に古墳の中の勾玉や管玉を持っていったというシークレットな情報を得ました笑
(明治時代にも1度盗掘を受けたことがあるとのことです。その時の影響か、竪穴式石室の天井石が滑り落ちた状態で見つかっています。)



↑坊ノ塚古墳の看板です。


↑葺石が置かれています。


地面を見ると円筒埴輪の欠片のようなものがありました。葺石を敷き、古墳周りには埴輪を並べていたのでしょう。(埋葬部付近には壺型土器も出土したとのこと)


円筒埴輪の全体像↑
愛知県犬山市の「まほらの館」でも実物の円筒埴輪を拝見できます。


以上が坊ノ塚古墳の紹介になります!
簡単な紹介にはなりますが、少しでもお役に立てましたら幸いです(*ˊ˘ˋ*)✨

(英訳&仏訳↓)

【Explanation】

This keyhole-shaped burial mound was built between the end of the 4th century and the 5th century (mid-Kofun period).
It is the largest in Kakamigahara City and the second largest in Gifu Prefecture.
Excavations have unearthed cylindrical haniwas,Magatamas(comma-shaped beads) , tubular beads and food-shaped clay products.

【Explication】

Ce tumulus en forme de trou de serrure a été construit entre la fin du IVe siècle et le Ve siècle (milieu de la période Kofun).
C'est le plus grand de la ville de Kakamigahara et le deuxième de la préfecture de Gifu.
Les fouilles ont permis de découvrir des haniwas cylindriques, des Magatamas(perles en forme de virgule), des perles tubulaires et des produits en argile en forme d'aliments.




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