美味しい音
美味しい音について、もう少し考察してみたい。
と木下さんは突然、言い出した。
木下さんは、いつも唐突に考察してくる。
それを私が面白がって聞くものだから、木下さんの話は熱を帯び、どんどんどんどん深まっていく。
私がいれば、木下さんの話は、世界中の誰よりも、面白く、深く、示唆に富み、それはまるで、思考の探検をしているようになる。
「おいしい音、1番おいしい音は何か」
「考察ですか?」
「以前、コロッケの揚げる音が幸福の象徴だと僕は言った」
「覚えてるんだ?」
「もちろん。けれどおいしい音の最上級はそれでは無いような気がする」
「だったら何でしょう?」
「そうさね」と言いながら、木下さんはハイボールを流し込む。
「これはどうだろう、おいしい音と言うのは、おいしい食事を作る料理人が立てる音だ」
「食べ物ではなくて料理を作る音?」
「そう、一流の料理人が立てる料理の音が、最もおいしい音だと僕は思う」
「たしかに」
「想像してごらん、一流の料理人がコロッケを揚げている」
「いやそれずるいでしょ?」
「その揚げる音は、一流の料理人が、一流の道具を使って、さらに、一流の食材を使っていれば、おいしいに決まっている」
「いやだから、コロッケはずるくないですか?」
「コロッケは正義だよ」