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shimi_p
歩く効用4 (後ろに落ちた太い枝)
2年前のある朝、いつものように公園の道(舗装)を歩いていたときのことです。
突然、後ろで音がし、太い枝が落ちていました。直撃していたらと思うと一瞬ゾッとしましたが、
不思議と「ツイている」と感じました。
公園の樹木は、季節ごとに違った風景をみせてくれ、夏は日陰をつくってくれるなど、歩く人にとっては縁の下の力持ち的な存在ですが、枝が落ちて人にあたるというリスクも確かにあるんですね。
血糖値を下げるため、寿命を伸ばすため、頭の中の「とらわれ」から逃げるために歩いているのに、落ちてきた木の枝に当たって死んでしまったら、偶然とはいえ、なんとも不運としかいいようがないですよね。
少なくとも、当時の自分は「幸運の人だ!」とそのときは感じることができました。まあ、当たっていたらシャレにならないですが。。
確かにお金を稼いでくる自分は、家族にとって文句なしに役に立っています。「家族のためだけになればそれだけでいい」と悟り、次の日から人生に集中ができれば楽なのですが、そうはいかないのが凡人の性というものなのです。
格好よくいえば、歩きながら煩悩や不安感と向き合っている修行者、率直にいえば欲まみれの我利我利亡者である自身、どちらも居心地は宜しくないでしょう。
「ツイテいない」から「ツイテいる」と思えるのか、「ツイテいる」といつか不幸が訪れるのか、平穏無事がいいのか。
心拍数があがり、血管内の糖分が失くなると一応結論が出ます。
「平穏無事がいいに決まってる」と今日は思っています。