《まがふ》嵯峨野小倉山荘色紙和歌異聞~七十六の歌~
原作:法性寺入道前関白太政大臣
どろどろの夏、海は風も凪ぎ果てて
船漕ぐ音に鴎が盗人の眼を投げつける。
物憂くお前の手をとれば、胸に打ち寄す黒髪の戯れ。
白雲高く沖に屹した気怠さに、この世を捨てて忘我に沈む。
<承前七十五の歌>
定家は式子を抱いたまま泉から釣り殿の階を登った。
「式子様、この邸の大屋根に上り、あの火を眺めましょう。さすれば、定家もなにやら魑魅魍魎に魅せられて、此の世ならぬ言葉を紡ぎ出すやもしれませぬ」
「わたの原 こぎ出でて見れば 久方の雲ゐにまがふ 沖つ白波」
「遠い何処かに心を泡立たせる何かが見える気がいたしまする。さっ、この梯をお使いなされませ。定家が先に上がりまする。怖くはございませぬ」
定家は釣り殿の天井に向けて立てかけた梯をするすると登っていった。
式子もそれに続く。
釣り殿の天窓を押し上げると大屋根に向かってこけら葺きが続いていた。
<後続七十七の歌>
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