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駒込さん ―やらかした話。
「いやぁ、大変だったなぁ!」
私は駒込さん(仮名)に町内会の班長セット一式をお渡ししながら言った。
駒込さんは私のお隣に住むおじいさんで、博識で落語好き、絵画と旅行が趣味で旅行の手記まで出版してしまった、多才な方である。
「そう、お疲れ様。このヘルメットはなぁに?」
「あ、これ避難訓練用のです。使わないですけどねぇ。ははは。」
「ほぅ。で、この用紙は?」
「これは入退会の用紙です。」
「へぇ。そんなのあるの?」
「そうなんですよ。実は私、退会届を提出しまして。」
「えっ!そんなこと出来るの?」
「出来るんですよねぇ。なるべく残りたかったですが、不本意ながらもめ事が勃発しまして。」
家の前を長年ゴミステーションに提供していたのだけど、駒込さんとはうちを挟んで反対側に位置するお隣さん、その方が清掃当番のときに問題が発生してしまった。
うちより長くお住いの方々が二つに割れそうな事案に、いっそ身を引いた方が平和だと思ったのだ。
「そーお?大丈夫なんじゃない?僕、退会を取り消してあげようか?」駒込さんはいつになく心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「いやぁ、それが家売って引っ越せ、山に帰れって言われちゃいましてね。」
「ふぅん。そんなに嫌いなのに、山から来たのは覚えていたんだぁ。」
駒込さんは面白そうに笑って、班長セットを受け取った。
「ホントですよねぇ。」硬くなったままだった私のほっぺたが久しぶりに跳ねた。何年か前の年明けだった。
数日後、道をぱやぱや歩いていると「ちょっと!」
と声を掛けられた。
立ち止まると”引っ越せ事案”でお隣さんに「あなたすごいこと言うわねぇ!」と加勢して喜んでいたご婦人である。
他に何人か連れの方がいて驚いて見ている。
「はい、なんでしょうか。」
「あんたさぁ、班長は4月で交代よ。」「すすす、すみません。」
―痛恨のミスだった。
謝りに行くと駒込さんは
「そうそう、4月に交代なんだってねぇ。いいよもう受け取っちゃったし。ふふふふ。」と、そのまま班長を引き受けて下さった。
駒込さんは一昨年の暮れにご逝去された。
駒込さんらしい穏やかなお顔だった。
ありがとうございます、駒込さんのお蔭でわたしはいじけずにすみました。そう心でつぶやいた。
この”引っ越せ事案”のときは、たまたまその場に居合わせ巻き込まれてしまった女性もいて、暗くなってからうちを訪ねていらして「色んな人がいるから、めげちゃだめよ。」と手を握ってくれた。
どんなに孤独だと信じていても、誰かがふと寄り添ってくれることがある。その人たちは普段はしずかに雑踏に紛れているけど気が付くと傍にいるのだ。
そんなことを思いました。
ソウイフモノニ ワタシハ ナリタイ