#大切にしている教え
満開の桜。
僕は彼女とともに、手を合わせる。
大切な人がここに眠っている。
何なんだよ。くそっ。
生徒会の会長になった。
歴代の会長は、進学校に主席で合格できるくらい成績優秀な先輩ばかりだ。
なんで、成績「下の中」の、俺が選ばれたんだろう。
通りすがりの教師に
「お前なんかが、な」と言われた。
イラっとしたけど、言い返しても何もいいことはないと分かってる。
「やる気がないなら、豆腐の角に頭をぶつけちまえ」
「無責任なお前が生徒会とは」
窓の外を眺めてると、スリッパで頭を殴られた。
生徒 対 教師・・・違うか
「俺」 対 教師・・・か。
何で、敵対しあうんだろうな。
生徒たちは、学園祭に心を踊らせている。
みんなのために、なんておこがましいけど
記憶に残る学園祭にしたい。
みんなが笑って、なんか面白かったな、楽しかったな、って思える学園祭。
生徒会の仲間には恵まれたけど、大人の、力には勝てないことが多い。
提案しても、反対される。
どうして反対されるのか分からない。
俺の今までの素行が悪かったせいか。
素行が悪いって、何が悪かったんだろう。
勉強できないことか?
諦めずに、提案書を職員室に持っていく。
大人は、俺には目も向けずに、開口一番
「お前、帰り道、女子と一緒に帰ってるだろ」
「ふじゅんいせいこうゆう」 だと。
「学園祭だの、女だの。お前、自分のポジション知ってるのか。こんなことしてる場合か?」
ものすごく侮辱されたのは分かったけど、ふじゅんなんたらの意味が分からなかったから
言い返すことができなかった。
辞典で調べたら
「不純異性交遊:少年に健全育成上支障があるとさせる性的行為をさす語」
らしい。
アホか、くそ。
お前らは、いつもそんな目でしか、俺たちを見ない。
・・・俺もアホだな。
言葉の意味も知らないなんて。
女の子と帰ってるのが原因で、放課後の学園祭準備が禁止された。
仲間は「大丈夫だ。他にも方法がある」って言ってくれたけど、申し訳なくて、涙が出た。
彼女にも、知られた。
「私のせいで、本当にごめん」
何度も彼女は謝ってきた。
「迷惑をかけて、本当にごめん」
「もう、一緒に帰るのはやめよう」
目を真っ赤にして。
廊下をぼんやり歩いていると
長身で細身の、頭がツルッとしたハゲ・・・
ツヤツヤとした頭の初老の男性が、声を掛けてきた。
「頑張ってるね」
誰だ?
男性に促されるまま、ついていった場所は
校長室だった。
しまった、校長センセイか。
普段、遠くからしか見たことないから顔が分からなかった。
校長センセイは、ニコニコしながら
「内緒だよ」と、羊羹と緑茶を出してくれた。
何で、俺、こんなところに呼ばれたんだろう。
退学になるのか(義務教育でありえないけど)
校長センセイは黙って、穏やかに俺を見つめている。
「美味しいかい?」
俺はうなずいた。
うなずいた瞬間、制服のズボンに、一粒の雫がこぼれた。
また、一粒、また一粒。
ああ・・・そうか
俺、泣いてるんだ。
「頑張ってるね」
その、やわらかな一言に、また、涙がこぼれた。
そして、堰を切ったように、俺は話し始めた。
何がいけないのか、分からないってこと。
大人は何ですぐに決めつけるのか
話を聞いてくれないのか
なんで分かってくれないのか、ってこと。
彼女と一緒に帰る理由。
恥ずかしいくらい、嗚咽をあげて。
すべてを出しきったあと
校長センセイは、静かに話しだした。
「僕もね、校長先生になりたての頃・・・」
・・・校長先生になりたての頃、
たくさんの校長先生が集まる場所に行ったんだ。
手持ちの、一番高価なスーツを着て。
僕には、夢があってね。
今の学校を、教育を変えたい、と思っていた。
そのために、学校で一番偉い人になって、学校を変えるんだ、と。
やっとの思いで、校長先生になった。
たくさんの、一番の偉い人が集まる場所で、僕は高揚した。
どんな話が聞けるのだろう、ってね。
僕は、自分の夢や理想を話したんだ。
そうすると・・・
「キミは、まだまだ、若くて、何も分かってないね」
言われると同時に
頭からジャブジャブと水がこぼれた。
アルコールの匂いがした。
徳利・・・、分かるかな?
首が細くなったお酒の入った瓶だ。
それを、僕の頭に、かけてきたんだ。
僕の姿を見て、みんな、大笑いしていた。
スーツはもったいないことになってしまったけど、
「幸い、僕の頭は、こんなんだったから、困らなかったよ」
校長センセイは、ツヤツヤの頭を手で撫でまわしながら、楽しそうに笑った。
「一番、偉い人っていうのは、
一番の人格者、だということではないんだと、勉強になったなぁ」
僕は、何も答えることができず、聞き入った。
「キミは、あの時の僕と、一緒だ。」
校長センセイは、僕の瞳をまっすぐに見て、言った。
「自分が、こうだ、と決めた道は
誰になんと言われようと、つらぬきなさい。
負けるなよ。
キミが信じる道へ、進むんだ。」
校長センセイは、俺を下駄箱まで送ってくれた。
そして、思い出したように一言
「あ、でも、道徳には反しないでね」
校長センセイと俺は、目を見合わせて、笑った。
学園祭最終日。
夜空に、大きな花が咲いた。
ドーン ドーン ドーン
「うわーーー」
「キレイーーー!!」
大人も、仲間も、彼女も、みんな空を見上げて嬉しそうだ。
笑い声、歓声、ワイワイと楽しそうだ。
校長センセイは、花火と俺の両方を見て、穏やかに笑っていた。
彼女が言った。
「本当にありがとう・・・あの後も、一緒に帰り続けてくれて・・・心の底から感謝してる」
帰り道に、怖い記憶を持つ彼女は、
家人が迎えに来れない日、一人で帰れないことが多かった。
僕は、彼女を守りたかった。
大人になってから、校長先生が力を尽くしてくれていたことを知った。
子どもが安心して登下校できるよう教育委員会、地域や警察へ依頼。
学校内では、子どもたちの今と未来を守るために、教師たちの意識改革に努めてくれた。その他も、数えきれないほど。
桜の花びらがひらひらと舞う。
合わせた手をゆるめ、彼女の手をとる。
「校長先生、今日の報告はふたつ。ひとつは、彼女と結婚します」
「もうひとつは、俺、教師になりました」
彼女は、隣で微笑んでいる。
「俺、つらぬくよ。誰になんと言われようとも」
校長先生のツルツル頭と同じくらい、墓石はピカピカと光り輝いていた。
負けるなよ。キミが信じた道へ、進むんだ。
Fin.🌱