鑑賞の思い出その5 『セクシー田中さん』
基本情報
原作:芦原妃名子『セクシー田中さん』
主演:木南晴夏
脚本:相沢友子、芦原妃名子
演出:猪股隆一、伊藤彰記、宮下直之
主題歌:LE SSERAFIM「ドレスコード(Prod.imase)」
あらすじ:田中京子は仕事は完璧だが友達も恋人も一切作らず、異様な雰囲気から社内でも避けられているアラフォーOL。しかし彼女の真の姿はペルシャンレストラン「Sabalan」で「Sali」として活動するベリーダンサーだった。一方、彼女の同僚の倉橋朱里は将来への不安から合コンに勤しんでは空回りする日々を過ごしていた。だが、朱里はある日偶然立ち寄ったSabalanで田中さんの正体に気付いてしまう。
さあ、遂にこの作品の感想を手掛ける日がやって来てしまいました。放送開始からもう少ししたら1年。当初はまさか日本放送史にこんなに悪い意味で名を刻むことになるとは思いもしなかったこのドラマを振り返ろうと思います。
日テレの2023年秋ドラマとしてスタートした本作は日曜ドラマの中ではヒューマン寄りの作風で、どちらかというと今年廃止されて土曜に移動したばかりの今は亡き水曜ドラマにありそうな働く女性応援もの。Z世代男性の筆者は正直本来想定されていた客層ではきっと無い。じゃあ何でこんなドラマ見始めたのかっていうと、ちょうど今日から1年前位に日テレ系お馴染みのGP帯新ドラマ3本を一気に紹介するCMを見て、何だこのネタみたいなタイトルとビジュアル(と22:30じゃなくて0:30に放送開始してそうなキャスティング)は……となって興味本位で視聴しました。ていうか自分がドラマやアニメを選ぶ時って基本的にたまたま点いてたか興味本位かのどっちかで、期待作、っていう概念をあまり持たないんだよね。
そのネタみたいなタイトルとビジュアルに反して中身は結構繊細に作ってある。主人公の田中さんは普段は超根暗だけどベリーダンサーとして活動する時は心を解き放つことが出来る。その格好から時たま当初の筆者のように面白がった目で見られることも多いけど、彼女は真摯に踊りに向き合っていて普通にカッコいい人だと思う。
相方となる生見愛瑠演じる朱里はいかにも女性向け漫画って感じの現実派婚活女子で、しがない非正規雇用の自分が女としての市場価値まで失ったら…という焦りに取り憑かれている。そんな彼女も田中さん&ベリーダンスに出会ったことで自分を変えていく。男女の力関係とか妊娠出産とか自分磨きとか、説教臭くなりがちなテーマについて準主人公として等身大な視点で悩んで考えてくれるので彼女のお陰でかなり話が見やすくなっている。筆者は男性なので基本的に「へえ~そんなものなのか」って感じだったけど、女性視聴者は「そうそう!本当そうだよね!」というリアクションになるのでは。
この2人を中心に朱里の合コン相手やSabalanの店長といった男性陣も絡んできて、徐々にラブコメとしての側面も大きくなっていく。
まず良かった点はやっぱりベリーダンス描写にきちんと力を入れていたことだと思う。作中ではその歴史や作法にも逐一的確な説明が入るしキャストのパフォーマンスもかなり頑張っていて、見入るようなクオリティーだったはず。そして先述した通り現代を生きる女性たちの恋愛や自分探しについて生き生きとした肌感で描いてくれたのはやはりこの作品の持つ力だろう。毎話毎話結構良いメッセージがこもってるし、「本当になりたい自分を解き放て」というキャッチコピーを真摯に貫いてくれたのは良かった。
件のラスト2話も若干の詰め込みすぎは感じつつも自分は普通に順当な終わり方だったと思う。ラブコメとはいっても本質は自己啓発的な側面が強い作品だし、特定の誰かと付き合うとかじゃなくあくまでダンスに焦点を絞ったラストはあれで良かったと思います。とは言えメンズキャラのうち仲原進吾っていう人は居なくても話成立したようには思うな。朱里と何となく1回寝て以降ズルズルと都合のいい「男・女友達」を維持してるみたいなキャラだけど、他のメイン男3人に比べて普通に出番が少なくて存在感薄かったような……。
そして主題歌は……K-POP特有のメロディーの無さ・弱さがなくてまっとうにメロディアスで良い曲だと思いました。フルサイズだとラスト転調すると知って驚いてます。
さて、本来鑑賞の思い出コーナーは主題歌の品評で終わるんだけど、今回はこの作品のあの脚本事情に触れなければならない。
一応説明しておくと、
●事前に原作者の意思を尊重すると言われたにも関わらず毎話持ってこられる原作レイプな脚本に対して原作者は本来の漫画連載の仕事と平行して書き直しを余儀なくされる
↓
●とうとう堪忍袋の緒が切れてラスト2話の脚本は丸々原作者が担当するも、一部の視聴者からは内容に不満の声があがる
↓
●脚本家が最終話放送後に事実上の抗議の意思を示す
↓
●約一ヶ月後に原作者が上記の経緯を公表しドラマ製作陣に非難殺到
↓
●反響の大きさにビビった原作者は投稿を削除して謝罪
↓
●原作者が数日後に失踪ののち自殺
とまあこんな感じ。
これ以降の色々は各自で調べて頂くとして、私個人の意見としてはこの問題は単に原作レイプ辞めろ!って話でもないと思う。原作を丸写し出来たらどれほど理想的だろうかとは思うけどアニメでさえそれが通用することは稀なんだから実写にそれを求めちゃあかんと思うし、IWGPみたいに原作を超えたとされる作品だってあるんだし、本件は原作レイプっていう芸術的な議論じゃなくて原作者とのコミュニケーション不足っていう社会的な問題だと思うわけ。表現方法がどうこうじゃなくて誰かを悲しませたり怒らせたりしちゃいけないっていう当たり前の理念が大切なのです。
とは言え脚本の相沢友子は過去にも「ビブリア古書堂の事件手帖」「ミステリと言う勿れ」で一炎上した人だし、これが「決め手」にはなっちゃったよね……勿論原作改変というのは脚本家より放送局、プロデューサー、スポンサーあたりの意思の方が影響を及ぼしがちではあるけども。
というか、本件がややこしくなった遠因は最終話放送後に5chとかで原作者に誹謗中傷を繰り広げていた人達(「何があったのが知らないけど現場を知らない漫画家が我が儘で出しゃばるなよ」みたいに言われてた記憶)にもあると思うんだけど、あの人達は無罪なの?ちょっとモヤっている……。