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立ち上がれ滉燿くん ! ~明日を信じた5年間~ 9(2)研究(公開)授業の本番

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 研究(公開)授業は一種の教師査定と言えます。日頃、どんな授業をしているかが分かってしまいます。さあ、私はどう評価されたのでしょうか?
                                                                   
4年生3学期(2007年  H19年)


51   1月30日の研究授業

 研究授業は第3校時に予定していました。小学校では2校時終了後、15分間の中休みが取られています。さらに、中休みが終わった後、すぐに授業が始まるのではなく5分間がとってありました。子ども達は、これを一種の休み時間と考えている子が多かったのですが、正しくは3校時の準備をするための時間です。この時間には、教科書、ノート、筆入れなどを机の上に置き、椅子に座って、次の勉強は何かなーと考えているのが本来の姿です。
 私は、中休みの間に、ホワイトボードを引っ張ってきて黒板の前にセットしたり、数字カードや写真カードを別の机に載せたり、滉燿くんの机の横に置いたりして、3校時の準備を整えていました。
 準備の5分間になると、滉燿くんを机に座らせました。私も、滉燿くんと机を間にして向かい合って座りました。時計は、3校時開始の10時50分に向かって、ジリジリと動いています。普通なら、この時間には、何人かの先生達が来ても不思議ではありません。
 しかし、教室には、私と滉燿くんだけのままでした。同じ学年の先生すら来ません。『何しているんだろう。忘れているんじゃないか?』もう一度、授業で使う道具を点検しました。嵌め絵パズル、写真カード、言葉カード、数字カード・・・全てOKです。
 ようやく、一人の先生が両手を顔の横で『ぱあ』にしながら、ニコニコと陽気に教室に入ってきました。TTの小田治男先生でした。自分の腕時計と教室の掛け時計を、もう一度見比べました。両方とも50分を示す位置を針が示していました。
 授業を始める時間です。少し早いかも知れないが、課題をこなすために、少しでも時間の欲しい私は授業を始めることにしました。
 滉燿くんに向き直ると姿勢を正して、
「姿勢、今から3時間目の学習を始めます。礼っ!」
頭を下げました。下げた途端に、3時間目の開始を告げるチャイムが鳴り始め、数人の先生達がドヤドヤと教室の後ろの戸口から入ってくるのが、目の端から見えました。
 授業が始まったら、飛行機が滑走路を離れたのと同然です。後は、目的地に向かって真っ直ぐに飛んで行くしかありません。途中で引き返すわけには行かないのです。
 滉燿くんに一生懸命問いかけ始めました。
「滉燿くん、今日は、ほかの先生達が滉燿くんの勉強を見に来ているよ。これまで勉強した事で出来るようになったことを見せようよ」
さっさと指導案通りに授業を開始します。滉燿くんはOKサインで答えます。『うん、良い調子』。
「では、今からする事を確かめるよ」
 予定通りに学習場面を写した写真カードをホワイトボードに貼り付けて並べていきます。カードの後ろには磁石を付けてあるのでホワイトボードにくっつくのです。手早く今日の学習の確認を済ますと、最初の課題である嵌め絵パズルの写真の上に、今から勉強することを示す黄色い輪を貼り付けました。嵌め絵パズルの盤を机の上に用意して、ピースを盤の横に置きます。
「じゃ、滉燿くん始めようか」
 滉燿くんは、おぼつかない手つきでピースを取り上げて、盤の穴の所に持っていきます。『さあ、うまくはまるかな』固唾を飲んで彼の手元を見つめます。うまくピースの向きを調節して、パコッとピースを穴にはめ込むことに成功しました。『やったぞ、ここですかさず誉めて調子に乗せなくては!』私は顔を上げて、周りで拍手してくれるように、見に来ている人達の顔を見つめました。
 ところが、みんなポカンとしているのです。『いけない!みんな誉めることに気付いていない!』私は間髪入れずに、
「オーッ、出来たあー!」
 大げさに言いながら、一人パチパチと拍手をしてみんなの顔を見ました。これで、見ていた人達もやっと気付いて、
「凄い凄い」
 拍手をしてくれました。何だか、見に来ている人達の様子が変だなと思いましたが、理由を考えている暇はありません。
 普通学級の授業では子ども達が作業をしている間に見に来ている人達に簡単な説明をしたり、冗談を言ったりする余裕も有るのですが、今は滉燿くんへの指示と『みんなの前で成功するだろうか』と言う気持ちで一杯でした。
 コアラのピースを入れている時です。
「こあらー難しい」
 宮川教頭先生が、しょうも無いギャグをかましているのが聞こえましたが、反応する余裕がありませんでした。それに、見に来ている人達の様子が変なのです。私が顔を見上げる度に、何か引きつった様な緊張して見つめている顔にぶつかるのです。『何怖い顔しているんだろう。何かまずいことやっているのかな?』自問自答していますが、ともかく、授業を進めなくてはなりません。おまけに、教室に誰かが入って来る度に、滉燿くんはそちらの方を見ます。
「おはっ」
 手を振って課題を中断します。
『早くしないと最後まで終わらないぞ』
 心配をよそに、滉燿くんは人が来るのが嬉しそうです。
 『早く、早く』気持ちは焦るし、滉燿くんへの指示、滉燿くんがした事を誉める、私はしゃべりっぱなしでした。
 机に座ってやる学習のパズル、ブロック落とし、写真カード選び、足し算が済むと、畳の上での訓練場面での活動になります。
 私は滉燿くんの腰を支えながら、一歩一歩と歩かせて畳の方へ移動しました。滉燿くんが靴を脱いでいる時間を使って、黒板前に置いたホワイトボードをガラガラと引っ張ってきて畳の端に置きました。自分も靴を脱いで畳の上に上がると、滉燿くんの前に正座でキチンと座りました。
「今から訓練を始めます。礼」
 頭を下げても、滉燿くんは私の後ろを指差して、
「ああっ、ああっ」
 変なことを言っています。何だろうと振り返ると、ホワイトボード上に並べた課題の写真の上に、今している事が分かるように黄色い丸い輪を置くのですが、それを動かすのを忘れて、足し算の所で止まっているのです。滉燿くんは、ちゃんと意味が分かっていて、教えてくれたのでした。私も驚きましたが、見ていた人達も思わず「おおっ」でした。
 私は黄色い輪を直すと、訓練最初の課題である膝伸ばしと足首曲げを始めました。なかなか良い具合です。『良いに決まっているよな』腹の中で言いながら訓練課題を進めます。達成しなくてはならない課題ではなく、ほとんどは『こんな事をしていますよ』と見せるというレベルのものなので、どんどんと進んでいきました。
 椅子からの立ち上がりをしている時、ちらりと見に来ている人達を見てみました。驚いた事に、やっぱり引きつり顔です。『もうちょっと「すげー」とか「おおっ」とか言ってもらわなくては張り合いが無いなあ』みんなの反応が不満でした。
 残り7分ほどになりました。見に来ている人には背を向ける形ですが、滉燿くんを手すりを握って立たせました。滉燿くんの横に立ちます。滉燿くんにゆっくり片手を外して私の手を握らせました。滉耀くんが安定に立っているのを確認しながら、また、ゆっくりと手すりに手を戻させました。
 しかし、みんなは無反応です。
『何とか言えよな!』
 滉燿くんをみんなの方に向けて座らせると、立位をするために立たせました。もう時間がありません。時計は3時間目終了時刻の11時35分を指しています。
 滉燿くんの姿勢が安定したところを見計らって、腰から手を離し、滉燿くんの片手だけをもって彼の横に立ちました。つまり、滉燿くんはほとんど自分の力で立っている状態です。それは、この一年間の目標を達成した事をみんなに知らせた瞬間でした。
 『どうだ!』
 みんなの顔を見つめました。しかし、やっぱりみんなは、引きつり顔か、ポカンとした顔でこちらを見つめているのです。
『拍手してよ』
 心の中で叫びながら、片手をぐるぐる回して合図しました。昔、バラエティー番組で見たアシスタントデレクターがやる「拍手」の合図です。ようやくみんなは気付いて、拍手をしてくれたのでした。終了を告げるチャイムが鳴っています。ホッとした気持ちで滉燿くんに向かうと終了を告げました。
「これで、3時間目の学習を終わります。礼」
 滉燿くんと一緒に、教室から去っていく先生達に手を振りました。みんなニコニコと手を振りながら帰って行きました。

 放課後に、授業の反省会(検討会)が開かれました。授業を行ってみて、授業について良かった点や悪かった点や研究している事が、うまくいったかを討議します。
 私達の場合は、『子どもに授業の見通してを持たせると子ども達のやる気が高まるのではないか』というテーマで研究していたので、『それが達成された授業』であったかと言う点が特に検討されるのです。
 授業した先生は、次々に出される質問に答えていかなければいけないので、プレッシャーがかかる時間でした。検討会には、同学年の先生と参観に来た先生、研究主任の先生などが出席して行われます。会議は、授業に対する自分の評価、質疑応答、討議という順番で進められました。
「今日の授業では、学習内容が多すぎたようにあります。一つ一つが駆け足になってしまって、十分な時間が取れませんでした。自分も駆け足で進めねばならず、焦った授業となりました。授業の見通しについては、授業の順番を確認する為に、ホワイトボードに貼っ写真カードの上に、黄色い輪を動かして行きました。私が動かすのを忘れていた時に、滉燿くんが知らせてくれたので、時間の流れを把握して、やる気に繋がっていたと考えています」
 私の自評に続いて、研究主任の先生から質問が出ます。
「体が不自由で、コミュニケーションも取れない奥村君の授業への参加の仕方を、どう仕組みましたか?」
「招待状は、どの様にして作ったのですか?滉燿くんの参加はどうしたのですか?」
 いくつも疑問が出されて来ます。私はその時の事を思い出しながら答えていきます。
 一時間くらいの話し合いがあって、ようやく反省会は終わりました。
 参加者が立ち上がって移動し始めて、ホッとした空気が流れる中、私は一人の先生を捕まえて聞いてみました。
「自分が顔を上げて周りを見る度に、みんなの引きつった顔が見えた。最後に、せっかく滉燿くんが一人で立ったのに、みんなポカンとしていたじゃないですか?いったいどうしたんです?」
 先生は、こっちを見ながら突っ立ってまま答えました。
「いやー、本当にできるんやろかとビックリして見ていたんですよー」
 なるほどそういう訳だったのか、滉燿の進歩はみんなの予想を超えていたのか。私は納得しました。


立 ち 上 が れ 滉 燿 くん ! ~明日を信じた5年間~9(3)滉燿くん凄くない!?


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