見出し画像

憧れの地、バクダッド・カフェへ

昨年末、上田映劇さんで鑑賞した最後の作品は、1989年公開の古い映画『バクダッド・カフェ』でした

美しいデザインのポスター
そして映劇はんこ! 素晴らしい

バクダッド・カフェという作品は、ずっとどこか頭の隅にあった映画でした
主題歌にしてオープニング曲でもあった『calling you』はこれまで何度も耳にしてるし
作中のBGMの『Blues Harq』は旅行とか料理なんかのバラエティ番組でよく使われてる印象です

『バクダッド・カフェ』を心に残る名作の映画として上げる談話を見聞きしたり、オマージュのネタが盛り込まれた後継作品(アニメの『COWBOY BEBOP』や漫画『ONE PIECE』など)に触れたり、どこかの小説の中で登場人物がこの作品の話をしてるのを読んだりと、何となく、薄ーく、受動喫煙してる作品だったので、観終えると感慨深いものがありました


美しく晴れ渡る青い空の下で、作業にはそぐわない上品な服装の婦人がカフェの名が書かれた貯水槽にブラシを当てる掃除をしており、その脚立には脱いだとおぼしきヒールが互い違いで置かれている…という、凄くデザイン性に優れたポスターの印象から、難解で視聴側に解釈を求めてくるタイプの作品だと思い込んでたのですが、シンプルに鑑賞できる、ほっこりする、心の温まる話でした

ストーリーが大きくある話ではなくて、『バクダッド・カフェ』というカフェ兼ガソリンスタンド兼モーテルに集まった人々が仲良くなって、家族のようにもなって、そこに居るものも訪れる者にも、幸せをもたらす場所にバクダッド・カフェはなった…という筋書きで、人物の描写と人間関係の変化と、あと荒野と店舗と音楽で出来ている映画です
冒頭では荒廃しきって裏寂れた場所だったバクダッド・カフェが、旅行客であるヤスミン(ジャスミン)が滞在する事で少しずつ変化して、いつしか賑やかに繁盛する人気のお店になって、そこにいるみんなも仲のよい家族になるという筋書きと、ヤスミンの大きな荷物と帽子姿に、メリーポピンズとかふしぎなかぎばあさんなどの“良き魔女”を連想しました
あるいは民話や神話なんかで描かれる、来訪神と呼ばれる存在かも知れない、平たく言うと福の神みたいな

カフェを訪れて間もない頃のヤスミン

ヤスミンが貯水槽を掃除する有名なポスターの場面以外にも、止め絵で見ても美しい箇所があちこちにある、目で見て栄養が得られるような作品でした
ほんとに、すごくいい

でも、だからこそなのか、何気にこの映画で一番好きなのは、どんどん仲良くなって絆が深まるバクダッド・カフェの共同体を“仲が良すぎる”と言って去っていった人がいたことでした
店がピカピカで、サービスがちゃんとしてて、客も店員もみんな仲良しで、居心地がいいこと、
それがその場を去る理由になる人間もいる
ハートフルな物語に水を差さない匙加減で、さりげなく添えられていたそんな描写が凄く好きだなあと感じます

(以下、蛇足な鑑賞メモ ネタバレあります)

・冒頭でヤスミンは夫と大喧嘩をし、夫は車で走り去ってしまう
一応夫はヤスミンを探しに戻るけど、イライラして何らかの薬物をキメていた それが喧嘩の原因だったのだろうか
・徒歩で汗だくで大荷物でバクダッド・カフェに現れたヤスミンを店主のブレンダは怪しみ、後々まで敵愾心を隠さないけど、映画を観てる側からすると夫を見棄てたし見棄てられた妻という立場で共通しているから同志になれると解る
だからそうなった場面では内心ガッツポーズだった いいシスターフッドだった
・それにしてもブレンダの夫も仕事の出来ない実にダメなやつだった クソ男しかいない世界観
・ブレンダの娘はろくに家業を手伝わず、息子はピアノばかり弾いていて子供(息子はシングルファーザー)の面倒もみない そして夫は仕事はまったく出来ない上に出ていってしまった そんな環境にブレンダがずっと激しく怒って、そして疲れはてているのも無理はない、辛いよ
・朗らかで優しいヤスミンに娘も息子もその子供も懐いてしまうのも無理はないが、それに憤懣やるかたなくなるブレンダにむしろ感情移入してしまった
頑張りつづけてきた自分が蔑ろにされてるように、そりゃあ思うよ
・でもブレンダとヤスミンが手を取り合ってバクダッド・カフェを切り盛りするようになる場面は激熱でした ヤスミンの優しさと朗らかさを、ブレンダが受け入れて、互いを喜びの存在と出来たってことだもん
・ブレンダの夫はバクダッド・カフェが大繁盛店になったらのこのこ帰ってきたのだけど、ブレンダは戻ってきてくれて嬉しそうだった 何でですか ヤスミンがいればええやんか
・ヤスミンもバクダッド・カフェの居候みたいな画家にプロポーズされて満更でもなさそうだったけど、やっぱり結婚はした方がいいよ、女には男が付いてた方がいいって世界観なのかな…雑な言い方だけど時代を感じます
ブレンダに相談をする、というヤスミンの返事で幕となるけど、ひょっとしたら断るルートかも知れない(希望的観測)
・観賞後に他の方のレビューを確認したら、ヤスミンの夫がキメていたのは薬物ではなく“嗅ぎタバコ”だと分かった
ジョン・ディスクン・カーの『皇帝のかぎ煙草入れ』のあのかぎ煙草!? とテンション上がりました
初めて見たなあ…薬物キメてるとか言ってごめんなさい、ヤスミンの夫

年の瀬の上田映劇さんの灯り
自分にとっての、バクダッド・カフェ


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集