小説:狐005「古びたジャージ」(576文字)
「カズミちゃんだって暇じゃないですよ。そう都合良く来るはずないですから」
マニさんが分かったような、知ったようなことを言って諭そうとする。スミさんは口を尖らせて下を向く。明らかにマニさんのほうが若いだろうに、スミさんよりも大人びた物言いだ。いやマニさんは元々少し背伸びしたことを言おうとしがちで、それに加えてどこかスミさんのことを下に見ているふしがある。
確かにスミさんはいつもお決まりの古びたジャージを来ているし、言動もがさつだ。外見やふるまいから、品格のようなものを感じ取ることができないのは否みがたく、軽んじられるケースも多いだろうとは推測できる。しかし、それはスミさんの本質なのだろうか。確かにそのように受け取られがちだが、それ自体彼の演出なのではないか。そんな風にも私は読んでいる。彼の物言いはいつもどこかぶっきらぼうだけれど、的を射ているし、何よりも嘘が無い。そのスミさんの正直さという部分に私は魅力とまでは言いがたい魅力未満の魅力を感じている。もっとも、嘘が無いように見せているという意味の嘘をスミさんが常についているとしたら、お手上げだが。もはやその時はその時ということで諦めもつく。
ともかく、彼はきっとこれからもこの『狐』で私に何らかの言葉を浴びせるのだろう。それで構わないし、またそれを望んでいるふしが自分の中にある。
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