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【対談】額賀 澪×諸田実咲|『鳥人王』刊行記念特別対談


『鳥人王』刊行記念特別対談 棒高跳。その知られざる世界

額賀澪(作家)×諸田実咲(棒高跳選手)

青春小説の旗手であり、多くのスポーツ小説を手掛けてきた額賀澪ぬかがみおさん。新作『鳥人王』は売れない芸人と大学生アスリートが織りなす物語。二人を繋ぐのは棒高跳です。取材に協力してもらったのが棒高跳選手で女子の日本記録を保持する諸田実咲もろたみさきさんでした。それぞれの分野の最前線で奮闘する二人が語ります。(二〇二四年一月二十九日 オンラインにて)

棒高跳をやっている人も知らないことが書かれている

額賀澪(以下、額賀) 諸田さんにお会いしたのはオンライン取材の時が最初なので。まだコロナが真只中の頃でした。

諸田実咲 (以下、諸田)二〇二〇年でしたね。

額賀 ちょうどその時に光文社に入社した新入社員が大学時代に陸上部で、諸田さんと友人だったということで繋がれたという。多分諸田さんは、何か得体の知れない取材が友達経由で来ちゃったなみたいな感じだったと思うんですけど。大学の同期だから断りづらいなみたいな……。

諸田 なんだろうみたいな感じはありました。でも断りづらいとかそういうのはなかったです。

額賀 それから筑波大学にみんなでお弁当を持って取材に行って。(※当時、筑波大学で棒高跳のポールの研究・開発に携わっていた武田理たけだおさむ氏の許へ額賀、諸田、編集者で訪問。現在は合同会社ポジティブアンドアクティブ Sports R&Dで棒高跳などのスポーツ用具の研究・開発・販売等を行なっている)

諸田 本当にあの筑波の取材は勉強になりました。棒高跳をやってるけどポールのこととか全く知識なかったんで。

額賀 私も筑波に行って武田先生のお話を聞けたのは勉強になったし、あの場に諸田さんがいてくださったのが良かったなって思ってて。 

諸田 本当ですか。

額賀 棒高跳をやってる方がひとりいるだけで全然違いました。経験者がいると、こういうことは諸田さんでもやっぱり知らないんだなみたいに、聞いているとこちらも二重で勉強になるというか。選手からしたら常識なんだろうと思っていたことが、意外と「そっか、知らないでやってる人も多いんだな」ということもあって。それと諸田さんが跳ぶところも見られましたし。
諸田棒高跳を実際跳んでいるところを見るのは初めてでしたか?

額賀 あの距離で見るのは初めてですよね。ちょっと練習とか、お試しで跳んでる感じって、なかなか見られないんです。

諸田 大会の感じとはもう全然違いました。助走の距離とか。

額賀 その時にめちゃくちゃ印象に残っていることがあります! 諸田さんが跳ぼうとしたら雨がやんで、跳び終わったら雨がまた降り出したんです。

諸田 そうでしたっけ?

額賀 すごい覚えてるんですよね。なので『鳥人王』でも雨のシーンをどこかで一回書きたいなって思っていて、実際に書いたんです。

諸田 読みました!

額賀 雨が降っている大会は書きたいなっていうのと、諸田さんにそれこそ取材で「やっぱ雨の日の試合最悪ですよね」っていう話を聞いていたので。

諸田 はい、最悪です。(一同笑) 読んでいて雨の日の嫌な感じがすごい伝わってきました。

額賀 他の競技の取材をする時もそうなんですけど、例えば諸田さんがおっしゃっていた雨の日が嫌、全部濡れてるし滑るし、ポールの手元をタオルで覆って、跳ぶ直前に取って跳ぶ―みたいなお話とかも、取材で聞いてなるほどなって思って、実際に小説の中でシーンとして書きました。確かに最悪だわって、改めて気付く瞬間が多かったですね。

諸田 雨の日の試合が自分の中でも、すごい浮かびました。最近、雨の試合を経験してなかったので。

額賀 記録を出さなきゃいけない大会で、雨はちょっとかわいそすぎるなって思いながら、雨を降らせてました。

諸田 でも、実際にあったんですよ。ロンドン(五輪)を決める年の、日本選手権の男子決勝の日が雨だったんです。その状況が重なって。私はその選手権は出ていなかったんですけど、映像で見た記憶がよみがえりました。物語と一致していて。しかも男子だし。

額賀 ロンドンの直前の日本選手権は、私、リザルトで記録を参考にしてます。雨の日の記録っていうのはどんなものなのかなと思って。

諸田 確かジャンプオフ(※第一位決定戦)してたんですよね。山本聖途やまもとせいと選手と澤野大地さわのだいち選手がジャンプオフで雨の中、二人で試合してました。すごく状況が似てるなと。読んでいて面白かったです。

額賀 良かったです。やっている人に「面白い」って言っていただけるのが、スポーツ小説を書いている作家は多分一番嬉しいので。

諸田 マニアックなところまで書いてくれて。さっきも言ったように、私の知らないようなポールの作り方まで細かく書かれていたので、棒高跳経験者も知らない人がおそらく多いと思うので、読んだら面白いのかなと思います。

額賀 棒高跳経験者を集めて「ここはちょっと違うと思う」みたいな話とかも伺ってみたいというか。ポールの作り方とか、そのへんは私も書いていて勉強になったし、話の始めにある国内にポールを作っているメーカーが実はないっていうのが面白い。面白いというか、棒高跳業界的にはむしろ変えていかなきゃいけないポイントなのかもしれないですけど。

諸田 確かにそうですね。

額賀 物書きとしては気になるポイントで、選手の皆さんが高いお金を払って輸入して使っているというのも、ほとんどの人は知らないんだろうなと改めて思ったので。そのへんをお話の中の一つの要素として、読んでいる人には「そうだったんだ」って思ってもらえたらいいなと。

諸田 棒高跳のことを一から勉強できるぐらい、情報が盛りだくさんで、こんなことまでっていう感じで。

額賀 諸田さんにそう言っていただけて良かったです。小説にする時に、ちょっと私もわざと嘘をつく時があるので、その競技の経験者の方や取材した方が読んだ時には、「ちゃんと説明したのにめっちゃ嘘ついてるじゃん」みたいな時って多分あるんですけど、そのあたりもひっくるめてトータルで面白かったなって言ってもらえるようにっていうのが、いつもスポーツを書く時の按配あんばいだなと思っていて。

諸田 ここ違うんじゃない、と気になるところはなかったと思うんですけど。それにアスリート芸人の陸の描写がすごく良かったです。本当にそういう人がいたら面白いなと思いました。

スポーツとの巡り合わせの大切さ

額賀 諸田さんは見たことあるかな。あるバラエティ番組で、棒高跳を全く知らない状態でアスリート芸人が一回で跳べるのかっていう結構危ない企画があって。

諸田 見たことあります。

額賀 本当ですか。あれはめちゃくちゃ面白かったんですよね。

諸田 何回もやって、最後跳ぶとこまでいきましたよね。

額賀 結局、初見だと無理だったんですよね、全員。

諸田 最初はさすがに無理でしたね。

額賀 そう、さすがに初見はできなかったけど、じゃあレクチャーとか受けずに気合で、アスリート芸人の能力を結集させたらできるのかってやったら、何時間かかけてできてて、あれがすごく印象に残ってたのもあって、私はお笑い芸人っていうのを、主人公にしてみようと思ったんです。でも実際にいると思うんですよね。たまたま棒高跳をやる環境がなかったから、棒高跳をやらずに違う職業とか、違う競技に進んだけど、やってたら、この人いい線いったんだろうなみたいな人って。出合わないことで可能性がついえたっていう人はいるだろうなと思うんで。

諸田 環境や物とかも揃わないとできない競技だから、いるんじゃないかなと思います。巡り合わなかっただけで。

額賀 巡り合わせですよね。最近つくづく思ったのが、やり投の北口榛花きたぐちはるか選手です。やり投を始めたのは割と後になってからなんですよね。

諸田 高校生ぐらいですよね。水泳とバドミントンをやっていて。

額賀 そう。たまたま先生から「やりを投げてみろ」って言われて投げたらこうなったっていうお話を聞いて、巡り合わせだなって思ったんで。自分が能力を発揮できる場所に出合うことの大切さは、『鳥人王』を書いてる時に思いましたね。

諸田 そうですね。

額賀 私、諸田さんから伺った「棒高跳が盛んな県はこことここで、やっぱ競技人口が多いんですよね」っていう話は絶対ちょろっと書こうと思ってたんです。

諸田 書かれていて、ちょっと嬉しかったです。

額賀 しかも謎を解いちゃったらつまらないから、あえて解かないままにしてやろうと思って、作中で「棒高跳を自然にやるとしたら、群馬とか静岡じゃないとね」みたいなことを言わせておいて、理由は書かないで終わらすっていう。

諸田 いや本当にもう陸上界隈、棒高跳界隈の人にしか分からないような情報が書かれてました。

額賀 それで、何で静岡なんだろうって気になった人に調べてほしいなと思って。

諸田 確かに。

額賀 筑波大学を訪れた時のことですが、武田先生が作ったポールをお借りして跳んだじゃないですか。メーカーが変わると跳び味は変わりますか。

諸田 感覚は、結構違いましたね。普段使ってるポールに比べて慣れてないっていうのも、多分あるんですけど、ちょっとまだ自分に扱いきれないというか。ちょっと芯があって曲げきれない、力を加えきれないっていうのが特徴で、結局今まで使っていたポールを使っているんですけど。

額賀 難しいですね。ポールが変わると感覚が変わるって、皆さんおっしゃるじゃないですか。その感覚はどこの感覚なのかなっていうのを小説書きながらずっと考えてて。アスリートの方が感覚を言語化するのが難しいんだろうなというのは、多くの方のインタビューを見ててもそうだったんですよね。でも、諸田さんはその中でも結構言語化してくださるんで取材の時は助かりました。その芯がある感じとか、曲げにくい感じとか。

諸田 でも本当に感覚なんで人それぞれ違うと思うんです。私は普段使ってるものに比べると、やっぱりちょっと硬いなとか、曲げづらいなみたいな感じでした。力のある男子選手が使いこなしたら、どうなんだろうとは思いました。私は女子というのもあってあそこまでポールに力を加えられないけど、男子選手の力で曲げたら、それなりにポールも曲がって反発も来るんじゃないかなと。

額賀 道具を使う競技だと、最初に出合ったのがどのメーカーだったかって、大事だと思うんですよね。

諸田 ずっとそのポールを使い続けた子が、どう記録を伸ばしていくのかは確かに楽しみですよね。大学生だと既に使っているポールがありますから、変えるのはリスクがあるんで、なかなか勇気が要るというか。合えばいいですけど、合わないことのほうが多いと思うんで。

額賀 そうですよね。競技歴が長い人ほど、実は変えるって怖いし大変だろうなっていうのは、すごく思うので。

諸田 そうですね、多分何回も試して分かることだと思うので、確かにそれはあると思います。

額賀 本当に私ですら、この間新しく買おうとしたパソコンのキーボードの配置が普段使ってるのと違ったせいで、本当もうなんか、うわーってなって買うのやめたんですよね。Enterの形が違うだけでこんなにストレスなんだってなって。(一同笑)

―大学生といえば、諸田さんも数年前は学生でした。作中にも犬飼という大学生アスリートが登場しますが、どんな印象でしたか?

諸田 犬飼いぬかい選手が最初はテレビ向けにすごくいい顔してましたけど、最後は何か吹っ切れて頭がああなって。でも、それでしっかり結果を出しているところはやるじゃんと。肝が据わっていて、そういう度胸は逆に見習いたいなと思いました。

額賀 ありがたいです。諸田さんに棒高跳について伺ったのとは別に、アスリートを一般人がどう見るかみたいなことや、アスリートに人間的な品行方正さを求めてしまう世間みたいなところを、その犬飼を通してちょっと書きたかったんです。私もその一人だと思うのですが、スポーツを扱うメディアの側が、スポーツとアスリートに感動ドラマを求め過ぎ問題っていうのがあるじゃないですか。

諸田 そうですよね、あると思います。

額賀 諸田さんも、もしかしたらご経験があるかもしれないんですけど、快挙を成し遂げた時に、「すごい記録、おめでとうございます」の後に、ここに来るまですごくつらかったとか、お母さんありがとうみたいなのとか、涙なしには聞けぬ親友とのエピソードみたいなのとか、そういうのを求め過ぎているみたいなのがあるなって思ったので、それを登場人物を通して書きたかったんですよね。

諸田 確かにこう言ってほしいんだろうなみたいな意図を感じ取ることは結構あるかなっていう。

額賀 「感動系の記事にしたいから泣けるエピソードや苦労話がほしい」みたいな思惑があるんですよね。その気持ちは私も分かるんですけど、その弊害って絶対あるし、アスリートの内面にその弊害が悪い形で出るんだろうなっていうのがあったので。

諸田 選手にもよるとは思うんですけど、左右される人も中にはいるのかなと思います。

額賀 競技に関係なく、下手したらスポーツ以外でもあると思うんですよね。気持ちは分かるんですけどね、それやればいい形で締まるもん。そういう形で犬飼っていう人間は書きたいなって思ってたんで、いや、良かったです。諸田さんに、何だこの生意気な大学生、って思われなくて。

諸田 犬飼みたいに強い選手ほどそうやって大きなことをしたり、わざと目立つようなことをしたりというのも実際あるので、そういう選手いるかもって。

額賀 ビッグマウスで自分のことを、あえて盛り上げてくタイプの方っていますよね。

諸田 います、います。

額賀 わー、すごいメンタルしてるなっていう方、見かけるんで。そのメンタルコントロールで、よく正常に心穏やかに生きていけるなって確かに思いますし、おっかないなとも思うし。

―例えば、作中でも描かれるように、よく陸上の大会で観客に拍手を求める場面があります。日本人はああいう行為が苦手かなと思いますが、諸田さんご自身はどうですか。

諸田 それほど多くはないですが、たまにやる人はいますよ。女子の棒高跳はあまり見たことないですね。私は助走のリズムが崩れちゃいそうでやったことないです。そんなイメージがあって。注目されるのが自分はプレッシャーになるかもしれませんし。

額賀 ハードル高いですよね。今から跳ぶから拍手お願いしますって。

諸田 やってる人を見るとすごいなと思います。

目指すのはやはりパリ五輪ですね


―あくまで平常心で競技に挑み記録を伸ばし続ける諸田さん。次なる目標は?

諸田 女子で考えたら、海外選手と比べるとガタイの差は絶対あると思うんで、筋力面や走力面でベースアップができてくれば、今より記録も向上してくるのかなと思います。実際私も海外の選手に比べたら背も大きくないので、技術力を高めて、ポールにもっとうまく反発をもらって扱えるようになれば、もうちょっと跳べると思うんですけど。

―さらに自分の中に伸びしろがあるのですね。

諸田 長いポールを使えることがやっぱり有利だと思うんです。私は今14フィートを使ってるんですけど、それがもう一つ上の14・7フィートになったら、また一個世界が変わるんじゃないかなとは思ってますね。ただそう簡単ではない。

額賀 楽しみです。14・7ね。数字にしちゃうと、大した長さの違いじゃないんですけどね。私も筑波で武田先生に短いポールを二本持たせてもらった時にすごく思いました。たぶん14と14・7みたいな感じで長いポールを持たせてもらったら、「あれやっぱりちょっと長くなるだけで全然違うんだ」と実感して。

―諸田さんが競技者目線で見た『鳥人王』はどんな作品でしょうか。

諸田 物語全体で、棒高跳のマニアックな言葉だったり、専門用語がたくさん出てくるんで、そういう点にも注目して読んでもらえると、棒高跳をやっている人には特に面白いと思います。ポールの構造だったり作り方っていうのも書かれていたりして新しい発見もあると思うので、そのへんも注目してほしいですね。

―作者として額賀さんから『鳥人王』の魅力を伺いたいです。

額賀 諸田さんがしっかり棒高跳の要素を押し出してくれたので、私はそうじゃないところを安心してPRできます(笑)。棒高跳を題材にしつつ、二十代のフレッシュな時間が終わった後の、でもそこからもまだ長い人生で、理想ではなかった人生をどうやって生きていくかというのが物語の大きな主軸です。棒高跳ってこういう世界なんだというのを楽しみつつ、実は普遍的な、なりたいものになれなかった人生をどう生きていくかっていう部分も読みどころとして楽しんでいただけたらなと思います。

―最後になりますが、諸田さんの今後の目標は?

諸田 やっぱりパリ(五輪)ですね。
額賀 あっという間ですよね、もう。
諸田 本当にもうあと半年もたたずに決まるんで、もう一試合一試合が勝負になってくるんですよね。犬飼君のように簡単にはいかないんですけど、毎回本当にベストを狙っていくぐらいの気持ちで怪我に気をつけつつ大事にやっていきます。

―パリ、応援に行きたいですね。

額賀 そうそうそうそう、諸田さんを応援する会を企画して、光文社のみんなとパリに行く(笑)。

諸田 ぜひ、本当にそうなるように頑張りたいです。

《小説宝石 2024年3月号 掲載》


『鳥人王』あらすじ

お笑いでは芽が出ず、身体能力ばかりが評価され、番組の企画で棒高跳に挑戦することになった崖っぷちの芸人。その番組を通じて共演するのは、パリ五輪が目標のいけすかない大学生アスリート。出会うはずのなかった二人、それぞれの跳躍の先に広がる景色は――。明日を迎えるのがきっと楽になる、夢と現実のその先にある物語。

著者プロフィール

額賀 澪(ぬかが・みお)
1990年茨城県生まれ。2015年に『屋上のウインドノーツ』(「ウインドノーツ」を改題)で第22回松本清張賞を、『ヒトリコ』で第16回小学館文庫小説賞を受賞。著書に『競歩王』『転職の魔王様』『青春をクビになって』『タスキ彼方』などがある。

諸田実咲(もろた・みさき)
1998年群馬県生まれ。棒高跳選手。アットホーム株式会社所属。中学時代から日本選手権に出場し、目覚ましい成績を収める。2023年、第19回アジア競技大会陸上女子棒高跳で銀メダルを獲得。同時に4m48を跳び、日本記録を更新する。

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