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『アンリアル』長浦 京&『1973年に生まれて 団塊ジュニア世代の半世紀』速水健朗|Book Guide〈評・円堂都司昭〉

文=円堂都司昭


『アンリアル』長浦 京

他人の殺意が見える青年スパイ

 警察学校在学中、独自調査で二つの事件を解決したが、そんなものは「推理遊び」だと叱責された十九歳・沖野修也。彼は、内閣府国際平和協力本部事務局分室国際交流課二係へ出向を命じられる。聞きなれないその部署は諜報や防諜、つまりスパイが任務だった。

 なぜ、まだ経験のない若者が、そんな組織に配属されたのか。沖野には、怒りや妬み恨み、殺意を持った人間の目が赤く光って見える「特質」があった。危険なことが起こる前に悪寒を感じたりもする彼は、特殊な能力を持っているといえる。それゆえ学校生活になじめず引きこもり生活をしていたのだが、両親の事故死の真相を探るため、警察官を目指したのだった。

 沖野は出向して間もなく、国際的な事案にかかわることになる。だが、指導係の水瀬響子からは子どもあつかいされ、職務の性格もあって他の同僚はあまり情報を与えてくれない。彼は、信用されていないのだ。他人の悪感情が見える「特質」を持つため、組織に採用された。それは、未熟な若者の武器である。とはいえ、スパイはみな感情を抑えられるし、無感情で暴力をふるえる者もいる。「特質」は万能ではない。また、体を張った任務の目的を教えられず、組織の正義と沖野の思う正義が食い違う場面もしばしばだ。

 自分が作戦の駒でしかないことに苛立つ彼は、他人の感情を見抜ける一方、自分の感情をなかなかコントロールできない。だから、子どもあつかいされ、組織からいいように使われる。味方も騙す複雑な作戦の様相は読者には面白いが、己の正義を信じたい青年にはストレスだろう。それでも沖野は、生命の危機が迫る状況で必死に考え動くことを繰り返し、徐々にかけひきを身につけていく。この青年像が魅力的だ。


■ ■ ■

『1973年に生まれて 団塊ジュニア世代の半世紀』速水健朗

思いこみを正される年代記

  速水健朗『1973年に生まれて 団塊ジュニア世代の半世紀』は、ロストジェネレーション、就職氷河期世代とも一部重なる副題の世代の五十年をたどり直している。バブルの八〇年代にも暗さはあり、就職難の九〇年代もふり返ると意外に浮かれた時代だった。そのような指摘に、先入観やノスタルジーにとらわれず歴史を再構成しようとする著者の姿勢が表れている。特に本書は、テレビや電話、音楽の聴取方法といったメディアの変化の記述に力を入れている。どの世代の読者も、あやふやな記憶や思いこみが正される面白さを味わえるだろう。

《小説宝石 2023年8月号 掲載》


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