その気になれば大抵のことはできるようになる
わたしは、独身の頃、ほっとんど料理をしませんでした。
なぜなら、する理由がなかったからです。
あの頃はまだ、健康に気遣おうという意識もあまりなくて。
でも、結婚したら、そんなことは言っていられなくなりました。自分だけのことではなくなりますから。
わたしは結婚と同時にアメリカに渡りました。新婚当時、まだ日本に仕事を残していましたが、長期休暇をとっていたので、毎日たっぷり時間がありました。
ここにきて、人生で初めて、わたしの生活に「料理をする」という項目が加わりました。
生まれたてのひよっこレベルのわたしは、料理本やクックパッドを見ながら夕飯を作るようになりました。当然ながら、最初からうまくは作れません。慣れない作業なので、時間もかかります。特に技の未熟さは顕著で、焼きが足りなかったり、逆に焦がしたりということがよくありました。
料理のテクニックでは苦戦しましたが、一方で、レシピどおりに調味料を配合すれば、それなりにちゃんとした味が再現できることがわかりました。考えてみれば当たり前なのですが、これは有益な発見でした。それまでは、初心者のくせに目分量で料理していたんですよ。そりゃ失敗するわ。
でも、当初はまだ毎日というほど頻繁には料理していませんでした。夫婦2人だけで身軽だったこともあり、よく外食しました。夫は、アメリカに渡って間もなかったわたしを、いろんな料理のお店へ連れて行ってくれました。初めて見るもの、食べるものが溢れていたころで、外食するのは楽しみの一つでした。
でも、そんな波も落ち着いてくると、わたしは無性に和食が恋しくなりました。白い米とみそ汁に焼き魚みたいな定食が食べたくなってきたのです。日本にいたころ、そんな定番の和食ばかり食べていたわけでは決してないのに。むしろイタリアンとかフレンチとか、外国料理の方が好きだったのに。
当時の家の近くには、寿司やラーメンを出すお店はあっても、食堂みたいなメニューをそろえた日本料理屋さんはありません。ないと思うと、余計に食べたい。ああ、鯖の塩焼き!肉じゃが!親子丼!誰か作って!
……わたししかいません。自分で叫んで、自分で応えるのです。
そこから、わたしの本当の料理生活が始まりました。新婚さんのおままごとから脱皮して、美しき祖国愛と切実な食欲を満たすための修行が始まりました。
思うに、「誰かのために」と言っている間は、まだ心は切羽詰まっていません。夫に美味しいごはんを食べさせてあげたいという動機なら、買い出しは近くのスーパーでも十分に事足ります。
でも、これが「自分のため」になった途端、人は本気になります。バスを乗り継いで、日系スーパーまで買い出しに行くようになります。あるいは、長いもを買うために、わざわざチャイナタウンまで出かけるようになります(お好み焼きを作った)。
あれ、普通は逆?知らんけど。
あれから8年の間に、わたしはかなり腕を上げました。始まりのレベルが限りなくゼロに近かったので、伸びしろだけはたっぷりあったのです。
といっても、いまだにクックパッドにお世話になっています。実家の母にはいつも笑われますが、別にいいよね。
わたしが過去の自分に誇れる手作りメニューはこちら。
餃子
家族全員が大好きな一品。一度に大量に作って冷凍しておきます。冷凍庫から出して焼くだけの平日お助けメニューとしての大活躍します。
肉まん
551の蓬莱が恋しすぎて、手を出してしまいました。もし日本にいたら、551があるので手作りしようと考えることは絶対になかったと断言できます。
納豆
アジア系スーパーで買えるのですが、日本の3倍くらいの値段を出すのが悔しいあまりに手作りの道へ。頼むから、ケチと言わずに倹約家と呼んでください。作ってみたら意外に簡単、しかも大量にできるので海外在住者にはおすすめです。
あんこ
定期的に食べたくなり、定期的に作ります。アジア系スーパーにいけば、市販のものがありますが、甘すぎるうえに安っぽい。手作りすると、甘さだけでなく、豆の硬さまで自分で調整できるのがいいです。ちょっとずつお皿にとっておやつに食べると、幸せな気持ちになります。
鮭の昆布巻
わたしの大好物。地味すぎるのか、同世代で共感してくれる人に出会ったことがありません。昆布巻を手作りするようになってから、昆布の違いもわかるようになりました。アジア系スーパーで買う韓国産の昆布より、日本から持ってきた利尻昆布は歯ごたえがあって、味が深い。それ以来、帰国するたびに北海道産の昆布を買って帰るようになりました。
◇
料理ができなかった頃のわたしを知る友人たちは、この変化におおいに驚いています。まるで別人のようだと。
「人間、その気になれば、大抵のことはできるようになるもんやな」
実に同感です。
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