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簡単にあきらめない精神を目撃した話

今日も今日とて、空気が冷えている。

このところ、ブルブルっとくるほどの寒さだ。一時期のようにマイナス十何度とまではいかないが、あまり長く外にいることが憚られる温度である。

わたしは、用事があって家を出た。ブイーンと車を走らせる。持っている中で一番保温性の高いモフモフのコートを着て、車内では暖房をつけて、手には指先だけが出る手袋をつけて、ハンドルを握る。

パネルに表示された外気温は-1度だった。

おー、寒い寒い。

目的地についたら、それこそさっと体を滑らせるように外へ出て、一切無駄のない速足で建物の中に入り込むつもりでいた。

車を走らせながら、もう少しで住宅街を抜けるところで、向こうから走ってくる男性とすれ違った。

わたしは思わずぎょっとしてしまった。

なぜなら、その人はベビーカーを押しながらジョギングしていたから。

こんな寒い日に、わざわざベビーを連れ出してまで走るんだ!

ベビーカーを押しながら走ること自体は、アメリカでは珍しくない。

赤ちゃんのそばにいることと、ジョギングすることを見事に両立させる手段である。温かくなってくると、ランニング用のベビーカーを使って走っている人をよく見かける。

でも、今日はこの冷えこみである。

無意識に赤ちゃんに目を向けると、これでもかというほどブランケットでぐるぐる巻きにされていた。目のあたりだけが辛うじて外気に接している。もし目まで覆われていたら、きっと巨大な繭に見えたに違いない。

そして、お父さんは、ベビーカーを押しながら、全速力で走っていた。ジョギングというよりはスプリントである。体全体で息をして、自分の限界を超えようとする意欲が感じられる走りだった。

なんか、すごいな。

わたしは、妙に感心してしまった。

この日のトレーニングをとりやめる理由は簡単に思いついただろう。それに、それらの理由はまあまあ説得力があるように思える。

走りたいけど、今日は寒くて外に出るのが億劫だ。
走りたいけど、赤ちゃんを看ていないといけない。
走りたいけど、赤ちゃんを連れていくにはちょっと寒すぎないか。

でも、きっと、あのお父さんは、そんなあれこれを一切合切振り切るほどに走りたかったんだ。寒かろうが、赤子をみる責任を負っていようが、赤子にとって寒かろうが、それらはあのお父さんを止める理由にはならなかった。

走りながらもちゃんと赤ちゃんのそばにいられるようにランニング用のベビーカーを用意し、赤ちゃんが外に出ても寒くないようにしっかりと赤ちゃんを毛布でくるんで出てきた。

問題があるなら、対策すればいいじゃない。

だって走りたいんだもん。

そんな声が聞こえてきそうな光景だった。

こういう真っすぐでわかりやすい精神が、わたしは好きだなあ。

そう思いながら、車の中から、あのお父さんにそっとエールを送った。

(おわり)


読んでくださってありがとうございます。

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