脳震”とう”の捉え方
脳震盪とは、頭部に衝撃が加わったことによって発生する、一時的な意識障害や、記憶障害のことである。
この言葉自体はよく耳にするが、ここで使われている「盪」という字。
これは、(実際に脳震盪になる頻度ほどではないだろうが)そうそう目にしない文字ではないだろうか。
「脳しんとう」「脳震とう」といったように、ひらがなで表記されることも多いこの字は、goo辞書によると、以下の意味がある。
さて、「脳震盪」における「盪」の意味は、どれになるのだろうか。
オーソドックスに考えるのであれば、「震」の字をともなって同義反復となる②という解釈になりそうだ。
文字通り脳が揺れ動いているのだから、納得できる。
しかし、違う意味を適用するのも面白い。
①あらう。洗い清める。 はどうだろう。
ドラム式洗濯機のように、脳が、頭蓋骨の中でバシャバシャと回転しながら洗われている様子が目に浮かぶ。
脳は睡眠時に記憶を整理している、という話がある。
睡眠も一時的な意識不明状態と考えれば、脳震盪にも何か頭の中をキレイにする作用があってもおかしくないのではないか。
③ほしいままにする。
これは面白い表現だ。
脳に衝撃が加わって、強制的にシャットダウンされる瞬間。
自分のコントロールからその脳機能が外れてしまうその瞬間こそが、自分がほしい状態だという解釈になる。
毎日生きていれば嫌なことも起こる。
そういったことを考えずにすんだり、すっきりと忘れたりできたらどれほど気持ちが楽だろう。
そんな潜在意識があれば、一時的にでもそのような状態になる脳震盪は、「我が意を得たり」と思う現象だ。
④とろける。
これも、ワードセンスが良い。
高級スイーツを食して、脳がとろける、と言うことがある。
つまり、脳がとろけるということは、快楽や幸福をもたらす良いことだという認識がある。
この場合もさしずめ、③と同様、脳震盪は自分の望んでいるものである。
その上で、その望みがかなうことを、「とろける」ようだと、表現しているということか。
病名の定義からすれば、「脳震動」など、より伝わりやすい表現でも問題なさそうな「脳震盪」。
「盪」という字をわざわざ使用した理由の、本当のところは研究者の皆様に任せたい。
私が勝手に想像するに、人間が意識を失うということは、この言葉ができた当時も相当な大事だったのではないだろうか。
「ただ脳が衝撃で動くっていうだけじゃなくて、なんていうかこう…。一時的なんだけど意識失う感じも出したくて…」
そんな、細かいニュアンスを伝えたいという葛藤が、より多義的な「盪」の採用につながったのではないか。
わざと難しくしているのでは、と思ってしまう物事の裏に、そうせざるを得なかった経緯がある。
もともとは漢字だったひらがなと同様、様々なものが単純化されていく時代の流れに、無意識にならないようにしたい。